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【 時間点+1 】
 倒れた男とその周囲に散らばった木の板、職人が使うような変わった形状の刃物を横
目に君は檻の方へ向かった。船の内壁に沿って3つ並んだ鉄の檻に以前入っていたもの
は何だったのか、相当に臭く汚い。それでも寝藁と布が板の上に敷かれただけの簡素な
寝台に人が横たわっているように見える檻の中だけは掃除されていて、寝台の周囲には
何かが彫られた板が何枚も置かれていた。君が倒した男の物だろうか。
 檻には鎖付きの錠前が取り付けられていたため、男の持ち物を探ろうと背を向けると、
檻の中で何かが身動きする気配がした。振り返れば毛布をめくって身を起こしつつこちら
を見ていたのは、遺跡で目にしたあの娘に間違いなかった。前は離れた場所で頭部を布
に包まれた横顔を目撃した程度だが、薄闇の中でもわかる銀の髪と、日没の間際に光と
闇が混じり合う空のような紅い瞳は、「呪術」という魔法に似た力の資質を意味する、この
世界でも極めて稀な特徴だとルルに教えられた。それほど特異な容姿の娘を見間違える
ことはないはずだ。
「あなたは誰……?」
 やや震える声で娘は訊いてきた。以前に見た時と同じ細かな紋様のある布を、胸と腰
に巻きつけただけの格好をしている。
 君は現時点での立場を説明する以外にはなかった。つまり遺跡探索の依頼遂行中に
目にした囚われの娘を助けるためにやってきたのだということを。それを聞いた娘はしば
らく呆気に取られたような顔をしていたが、やがて憂いを帯びた微笑みをうかべて言った。
「貴方の目は間違っていないかもしれないけれど、正しい判断だとは言えない。私が彼ら
に囚われているのは間違っていないけれど、ここを出ていくるつもりはないもの」
 そう告げる表情にはすでに怯えはなく、場違いなほどに落ち着いて見えた。
『どうやら素直には連れて行けそうもありませんね。彼女を説得できそうですか?』
 今はまだ明確に答えられはしなかった。娘の言い分を鵜呑みにはできないとしても、あ
えて危険を冒させるほどの決心をさせる必要があるのかどうか。
 そこで君は改めて自分の名を名乗り、娘の名を訊くところから始めた。ゆっくりと会話を
している余裕はなくても、娘に信用してもらう必要はある。 
 娘はスヴァルニーダと名乗った。少なくとも君が旅してきた土地においては聞いたこと
のない不思議な響きのある名だ。落ち着いて見える容貌よりも若く17歳になったばかり
だというが、「呪い師」を生業としてここより遥か遠く北方の海を旅している最中、乗ってい
た船がこの"黄金の虎”と称する海賊団に襲われ、そのまま拉致されてしまったらしい。
その際、海賊に歯向かった者を除いてほとんどの乗員、乗客は解放されたが、彼女は人
目を惹くその容姿のために囚われの身になったという。

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