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『外に出ていきたくはないと言うのも理解はできます』
 ルルはそう言って、彼女の知る過去の時代にあってスヴァルニーダのような「呪術」の
使い手がどう認識されていたかを君に伝えた。
『呪術とは生来の資質によってのみ操ることができるものとされ、「魔法」と似て非なる力
と云われていました。それが当時の世に「邪術」であるかのように広まってしまったのは、
不幸にも力の発現が魔法のように目に見えるものではなかったことが最大の要因だと思
われます。人は目に見えないものに恐怖を感じますから。そして乱世でもあった当時、そ
の力でさらなる戦禍を引き起こした呪術の使い手は少なくなかったのです。特に知略に
優れた権力者ほど彼等を利用したため、戦後には“世に必要ならざるもの”とされ、戦乱
とは無関係に生きてきた者を含め相当な術者が弾圧と迫害を受けたと聞きます』
 君はスヴァルニーダとその先祖に同情はしたものの、すでに時代は「呪術」の名すら忘
れ去ろうとしているようだ。ましてや先祖にどのような過去があったとしても、今を生きる
彼女は少女の時をやっと終えたばかり。呪術の使い手だという事実さえ隠していれば今
後はどんな生き方でも可能なはずだ。だからこそ君は彼女に訊いた。虜囚になるより前、
旅をしていた頃にしたかった事はなかったのか、と。
「子供の頃、旅をすること自体が私にとっての夢だった……私達は呪術を世の中から隠
すために、隠れ里のようなところで暮らしていたから」
 そう言って空を見詰める瞳には、幼い頃の自分が想い描いていた世界が映っているの
だろうか。
「でもその夢が叶ったことで、知りたくなかった事を知り、見たくもなかったものを見ること
になってしまった……だから今はもうそんなもの……」 
 また旅をしたいとは思わないのかと君は訊いた。
「こんなところでも、慣れてしまえば人の目を気にする必要もないのが嬉しい。話し相手は
世話役の海賊くらいですが、剣よりもノミの方が似合うような人でもあるし」
 先ほど倒した男がその世話役だったのではないかと君はすぐに察した。
「そういえば、あの人はどうしました……?」
 床に横たわる男の姿は目の端で捉えることができる。君は一瞬返事をためらったが、
嘘をつくべき状況ではなさそうだ。ここは正直に答えるしかないだろう。

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