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「そう……彼は海賊だけれど、私にとっては優しい芸術家だった」
 呟きながらスヴァルニーダは寝台に近寄り、枕元に置かれた手の平ほどの大きさの板
を手に取った。しばらく眺めた後に君へと向けた板には、意外にもスヴァルニーダの肖像
だとわかるほどの彫り物がされていて、それなりの腕前であったことが知れた。
「そういえば剣の腕には自信がないと言っていましたね……ならばせめて"果ての世"で
は剣を握らずとも済むよう霊柩の守護聖霊に祈りを……」
 そう呟いたスヴァルニーダの口元から、死者への祈祷と思われる言葉が緩やかに流れ
始め、微妙な抑揚を刻んでいくと、君にとっては決して余裕のある状況ではないにも関わ
らず、不思議に急いた気持ちが静まった、そんな場を生み出す力が娘の紡ぎ出す言葉に
はあった。文句自体は旅の間に耳にしたことがある慣例儀式に似てはいるが、聞き慣れ
ない言葉も含まれている。そこに呪術ならではの特質が秘められているのかもしれない。
『私を、彼の身体に触れさせてください』
 唐突なルルの頼みに従い、鞘に収めたままの剣を横たわる男の身体に触れさせるや否
や、赤黒く身体を汚していた血液が次第に透明度を増し、ついには完全な無色となって流
れ落ちていった。それと同時に男の身体に長年こびりついていた汚れをも溶かしていった
ことで、全身が洗われたように輝いて見える。
 浄化は水の精剣たるアールイヴァリルの根幹に根差した力ではあるものの、ルル自身が
自ら“剣の主人”たる君以外の者に使用することは稀だ。
「…………"白き抱擁"の名において」
 やがて船の軋みの中でも凛と響いていた声が沈黙し、祈祷の終わりを告げた。
「死者への祈祷はどちらかと言えば“呪い”の領域。けれど人である以上は皆がおこなうべ
きもの。死者はもちろん、死をもたらした者のためにも」
 そう言って君に目を向けたスヴァルニーダはほんのわずかに表情を緩め、檻の端まで歩
いてくると彼女の姿が彫られた板を差し出した。
「これを、彼の胸の上に置いてもらえませんか?」
 言われたとおりにした君にスヴァルニーダは礼を言った後「あなたも力を使えるのね。そ
うは見えないけれど、魔術師なのですか?」と死体を見つめていた瞳を君に戻した。

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