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 君が海賊船に乗り込んでからもうだいぶ時が経つ。すでに侵入は気づかれているかも
しれないという焦りはあったが、それでも君はまだ説得を諦める気にはならなかった。
 スヴァルニーダ達「呪術」の使い手に対する理解が深まるほどに、こんな場所で忘れ去
られてしまうことも、再び不遇の過去を甦らせるようなこともあってはならないという思いが
胸を占めていく。そしてまた同時に、この世界での様々な事柄から逃れていられるような
存在が正義感のみで安易に関わってしまっていいものか、全く迷いがないとは言えなかっ
た。
『不安ですか?それとも恐れですか?』
 ルルは君の精神状態を感じ取ったようだ。確かに彼女を連れ出した後の不安はあるが、
恐れてはいない。それは君がまだ悪意によって行使された呪術の姿を知らないせいかも
しれなかったが。
『あなたの意志に自信を持ってください。何故この時代で記憶を失って私と出会うことに
なったのかはわかりませんが、今の身であるからこそ得られる未来を私は信じます』
 記憶を失いこの世界での拠り所すら持たぬ流浪の身。それゆえに全てのしがらみから
束縛されることのない自由な存在。それが今の君だ。そしてどのような偶然あるいは運命
によってか、数多の時代を越えて存在し、戦乱の中に生まれ出でた英雄達を見続けた、
紛れも無い魔法の剣アールイヴァリルと出会い、主となった。
 ルルとの出会いによって君が得た恩恵は計り知れない。たんに戦い生き抜くための武
器としてという以上に、この世界で旅をする供として彼女の存在はあまりに大きい。もはや
彼女と出会わずに旅をしている姿など考えられないほどに。
 改めて檻の内に目を向ければ、揺らめく薄明かりの中にたたずんでいる娘の姿はとても
頼りなげで、君の目にはここに居続けることを望んでいるようには映らなかった。スヴァル
ニーダの言葉を思い返してみると、彼女の旅は基本的に独りだったのだろうと推測するこ
とができた。実際に君が経験してきたように、この世界を若い娘が1人で旅する危険度は
簡単に無視できるものではない。仮に道連れができたとして、彼女が一人旅を可能として
いる“何か”を隠し切れるだろうか。
 この世界のたんなる客から一住人へと進歩する途上にある君にはまだ実感が薄いが、
失った記憶の代わりにルルの助言を得ながら秘密をもって旅をしている君には、その困
難さとスヴァルニーダの心情が多少なりと理解できた。そして秘密が世に知れてしまった
時に人々から向けられるだろう反応に対する恐怖心も。すなわち君とスヴァルニーダは、
この世界にとって異端者と受け止められるという点では同類なのだと君は気づく。孤立し
た者同士の共感を示せばスヴァルニーダも君と逃げ出す気になるかもしれない。
 
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