61 

【 時間点+15 】
 君は遺跡探索のための装備を宿に置き、武装だけを持っていつもの仕事場所である
漁港に向かった。
 夜明け前の海は闇に包まれていたが、今まさに出港準備が進められている漁港では、
10数隻はある大小の漁船に備え付けられたランタンや篝火の明かりが、桟橋を煌々と
闇の中に浮かび上がらせていた。そこで漁の道具を積み込んでいた漁師達は、君の姿
を見かけると口々に声をかけて歓迎し、ひと際大型の漁船に誘った。
 やがて漁の準備を終えた船が順に、各々に定められた漁場へ向かって出港する中、
君はこの町の漁船団における旗艦というべき大型船の舳先に立ち、濃紺の空が水平線
から白く染め上げられていく様子を眺めていた。
 君が乗る船は、これまでに何度か海賊の出現した漁場へと向かうことになっているた
め、やはり仕事でおもむく場合とは気分も異なる。ふと気がつけば背に括り付けた長剣
から微かに陽気な波動を感じ、声をかけるように意識を向けると、海上に出ることで気分
が良くなっているのだと知れた。
 遥か伝説の時代には"生けるものたちの剣"という二つ名でも呼ばれただけあり、ルル
は生命の源とされる水の豊富にある場所を特に好む。通常の武器であれば海での使用
時に怠ることのできない刃の手入れもルルには無用のものだった。それどころか水中で
も地上と変わらず振るうことができるとルル自身が教えてくれた事もあるが、それは伝説
の時代にルルの主となった英雄の話であって、ルルを手にして数十日の君が同じことを
できるというわけではないだろう。

 漁師達がいつもの場所での漁を終える頃、海賊は姿を現した。まだ霞のかかる島の影
から現れ出た船影は小型船が1隻のみ。それを見る限りは前回と変わらないと思えたが、
少し遅れて反対側の海上からもっと大型の船影が接近しつつあるとの連絡があった。
 対してこの漁場にいる漁船は3隻。もっと距離が接近すれば海賊は小船を出してこちら
を包囲してくるはずだと君は考えていた。突然の襲撃に動揺していた前回に比べればそ
れなりに彼等なりの準備を整えてきた漁師達だが、戦力として劣ることは間違いない。
 『この前のことで海賊達もだいぶ懲りたようですね。どうしましょう?』
 全く危機感を煽ることもない調子でそんなことを言うあたり、ルルを人間に置き換えるな
ら、相当余裕があるかそれとも戦闘経験など無い御令嬢かのどちらかだろう。だが戦闘
経験に関してならルルは今の君など比較にならない戦場をくぐり抜けているはずだった。
その全てを記憶しているというわけではないようだが、彼女の助言もあって君は前回の
襲撃を見事に切り抜け、海賊達に手酷い損害を与えている。
 この窮地を切り抜けるための手立てを思案しているうち、思い出した事がひとつあった。
そもそも最近になってイスターヴェ近海に現れだしたという海賊の目的は金品ではない
ようだ。彼らは漁船ごとその日の収穫を奪い、空になった船そのものは沖に漂っていると
ころを発見されたことがあるという。だから抵抗さえしなければ漁師の命が奪われる事は
ないのかもしれないが、君は彼らと共に働くうち、船が漁師にとっては命にも代え難いも
のであるということを理解していた。人の命さえ奪われなければいいというものではない
のだ。
 こんな海上で相手が多数の状況にあっては、剣を振るうしかできない君1人の力で守
れるものなど僅かでしかない。改めてその現実に対して思案をめぐらせかけた時、ルル
が言った。
 『ここは海上ですし、魔法を使うならこれほど適した場所はないのですが』   
 魔法。これまでの旅で得た経験から、それがこの世界に存在する強力な力だと知って
はいても、自分が用いるという意味では無縁のものと思っていた君は、突然のルルの言
葉に戸惑いを覚えた。
『私は、私の主と認めたものに魔法を用いるための素地を整え、種子を植えることができ
ます。けれどそれは主の意思がなければ眠ったままなのです』
 ルルによれば、これまでにアールイヴァリルを手にしてきた英雄達は皆、魔法を扱える
ようになったのだという。ただしそれは主たる者が魔法を望んだ場合に限られ、魔法自体
を忌避していた者や魔法の存在を信じ切れないような者が扱えるようにはならなかった
らしい。それはつまり、もし君がアールイヴァリルを手にする以前から魔法に触れている、
例えば魔術師を志すような人間であったなら、その場で直ちに魔法が使えていたのかも
しれないということだった。だが君が遺跡で眠ることになる以前の記憶は失われ、自分に
魔法が使えるなどという意識は全く無かった。その認識が魔法の発現に至らなかった理
由なのだろう。
 『これまでの旅の経験であなたは魔法というものを知っています。あなたが望むならすで
に魔力の種子はあなたの中に芽吹いているはずです』
 
 君は魔法を望むだろうか。あるいは魔法など使わずに危機を乗り越えようとするか。
 『魔法を扱えるようになるということは、別の世界の扉を開けるに等しいのです。決して
容易く使える便利な力とだけは考えないようにしてください。それは同時に、この世界全
体に対する義務と責任を負い、時には自らの破滅をも招くことになるのですから』
 普段よりも真剣味を帯びたルルの言葉を心中で繰り返しながら、君は……。

  ・ 魔法を望むなら(98へ
  ・ あえて魔法を使わず、とにかく漁船を逃がそうとするなら(21へ