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「そう……彼は海賊だけれど、私にとっては優しい芸術家だった」
 呟きながらスヴァルニーダは寝台に近寄り、枕元に置かれた手の平ほどの大きさの板
を手に取った。しばらく眺めた後に君へと向けた板には、意外にもスヴァルニーダの肖像
だとわかるほどの彫り物がされていて、それなりの腕前であったことが知れた。
「そういえば剣の腕には自信がないと言っていましたね……ならばせめて"果ての世"で
は剣を握らずとも済むよう霊柩の守護聖霊に祈りを……」
 スヴァルニーダは板を手に、死者への祈祷と思われる文句を諳んじ始めた。そんな余
裕はないだろうと思いながらも不思議に急いた気持ちが静まっていく、そんな雰囲気を生
み出す力が娘にはあった。紡ぎ出された言葉自体は旅の間に聞いたことがある通例儀
式の亜流に思えたものの、そこに含まれる固有名は聞き慣れないものだった。やはり呪
術ならではの差異が秘められているのかもしれない。
「……"白き抱擁"の名において」
 祈りの間に君は男の懐から錆びた鉄の鍵を見つけ出し、檻の扉を開ける。
「死者への祈祷はどちらかと言えば「呪い」の領域。けれども人である以上は皆がおこな
うべきもの。死者はもちろん、死をもたらした者のためにも」
 そう言って君に目を向けたスヴァルニーダはほんのわずかに表情を緩め、檻の扉をく
ぐると男の死体に近づく。そして自分の姿が彫られた板を頭の横に置くと振り返った。
「……では、お願いしますファイロン様」
 彼女に何か訊いておきたいことがある気がしたが、それを上手く形にすることができな
かった君は、ただ差し出された手を握って船倉中央の階段へと向かった。(501へ