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 ふと君は、今や懐の中で2本揃っている透明な石の事を考えた。確かこれが
必要となるかもしれない場所があったのではないか、と。
 もう一度この遺跡の中に入り、暗い通路を抜けてほぼ最奥の場所まで戻る
のにはやはり相当な躊躇いがある。
 だが、外界へ脱出できたと言っても、君は未だに自分の記憶すらなく、旅の
ための道具すら持たない身の上だ。
 人里に戻れたとしても、まず頼れるものは金銭ということになるだろう。
であれば、例え盗掘同然の行為であれ、金銭に代えられる物を得る機会を
逃すべきではないに違いない。


 自らを納得と同時に鼓舞させて、君は再び遺跡の中を進んだ。
 やがて祭壇であろう台座にまで辿り着くと、その上部にある穴に2本の石を
慎重に突き刺した。
 その瞬間、透明だった石に白色の光が満ちるや、石同士を繋ぐように光の
亀裂が生まれ、それが交わる台座の中心に穴が開いた。
 穴を覗き込むと、そこには何の飾りも無い剣の柄が見えた。
 どうやら刀身は、その下に湛えられた水の中にあるらしい。
 君はその柄を握り、上に引いてみた。
 すると拍子抜けするほどにあっさりと引き抜けた。


 見た目的にはそれほどの価値も見出せない、細身で諸刃の長剣。
だが君には、これがどんなものであるかが明確な意思をもって伝えられた。


 剣の名はアールイヴァリル
 遠い過去には"緑衣の聖霊姫"と云い伝えられた神秘の剣。
 その力が振るわれし時、全ての生命が歓喜すると云う生けるもの達の剣。


 剣自身のイメージと共に脳内へと注がれる様々な言葉や光景は、君の意識を
吹き飛ばそうとするかのような猛烈な濁流と化し、君は意識の内で絶叫した。
 そしてそれが限界に達すると感じられた刹那、
 『ごめんなさい……ありがとう』
 確かにそのような声が聞こえ、暖かな何かに頬を包まれたと感じた幸福な
気持ちのまま、君は意識を手放した。
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