――信じられないものを見た。  いや、あれを見たというのが正しいのかどうか。僕にはさっぱり判らなかった。  今、あの時の事を思い返そうとすると、酷い頭痛に悩まされる。  けども、あの時、確かに何かを見たんだ。霧が掛かったような記憶の奥に、確かに、確 かにあいつが―― ふ、ふ――   ふふ、ふふふ――  また、だ。  またあの声。  そうだ、あの声に、           惹かれて、僕は――                    ぼく、は―― [ 縛糸 ――或いは、――]  その声に惹かれたのは、ほんの数日前――のはずだ。  仕事が遅くなり、駅についた時はすでに傘なんて意味を成さないまでの雨が降っていた。 ああもう、ついていない。自分の不運を呪うのも程々に僕は急いで家に帰りたくて、もは や役に立たない傘を脇に抱えて普段は通らないような近道を通った。  舗装されて無い泥道は雨水で気持ち悪く脹れた足を絡めとり、危うく滑りそうになる。 それでも、一度入ってしまっては後戻りなんて出来るはずもなく、僕は慎重に走りつづけ た。  危うくこけそうになる――何度目の事か、走り疲れ、大きな木の下で荒い息をついた。 耳に入る雨音が、背中にとめどなく入り込む雨水と相まって酷くうっとおしい。  水気を吸って重くなった髪を掻き揚げる。ぼたぼたと大量の水が背中を流れた。  くそ、……前が全然見えない。  視界は余りにも酷かった。耳も目も遮断された暗闇の世界。この道を通ったのだって何 度かあるというのに、だけどまるで終りの無い道を走っているようなそんな感覚。  ――それは、言うなれば一つの非日常だった。 ……  ……、……ふ、ふふ……  ……え?  だから、なのだろうか。  ……誰か、いるのか?  僕の耳に、声が聞こえた。気持ち悪いぐらいに澄んだ鈴のような、こえ。  ――いいやそんなはずは無い、と、僕は思い直していた。この酷い土砂降りの中、雨音 しか聞こえない。聴こえるはず無いんだ。  僕はその声を必死に否定していた。だけど声は少しずつ少しずつはっきりと聞こえてく る。  ――逃げなきゃ。  ここから逃げなきゃ。あの声を聞いてはいけない。どうしてか判らない。けれど、怖い。  僕はどうしようもなく脅えていた。震えた自分の体を抱こうとして、思わず冷え切った 体に驚いて手を離した。体がとことん震え出した。止まりそうにも無かった。  ――――!  みっともなく、叫んでいた。この時、既に僕は狂ってたんじゃないか。狂わないほうが おかしい。狂うはずだ。狂わなきゃ。狂う。僕は、―― 声が。 声が。 声が。 声が。 声が。 声が。 声が。 声が。 声が。 声が。 声が。声が。声が。声が。声が。声が。声が。声が。声が。声が。声が。声が。声が。       *      *      *  ――倒れていた。  頬に、草の感触があった。雨はとうに止んでいた。冷え切った体を全力で持ち上げ、か ぶりを振る。ぐらぐらする頭を無理矢理起こす。  ――見覚えのある公園だった。と、それが判った途端、全身が震えるほどに安堵してい た。  逃げ切れた。あの声から逃げることが出来たんだ。泣き出しそうだった。いい大人が何 をみっともない、と思ってしまうだろう。けれど、あの恐怖は誰にも判らないだろう。だ って―― ――ふふ、うふふふ  まだ、終って居なかった。  思わず声の聞こえてきた後ろを振り向いた。振り向いてはいけなかった。そこはまだ、 非日常、非現実の扉がぱっくりと開いていたのに――  覚えている、の、は―― ふ ふふ  ――  ――ねえ?  ねえってばぁ……  こえ、が。  ねぇ……? ふふふふふ……… 「……え?」 「……へ〜……」  揺さぶられる感触に堪らず目を開ける。眼前に見えたのは、肌色の物体。 「うわっ」  驚いて、思わず手で払いのけてしまいそうになる。が、手に当たると思われた感触は無 かった。 「……」  改めて脇に置いてあったメガネをかけて眼前を見やる。 「え、ええと……」  ――少女が、横になっている僕の腹の上に乗っ掛かっていた。 「……ぁ」  どう反応していいか判らない僕に、少女は唯にやにや笑うばかりだ。端から見ればもの ぐるいにも見えなくも無い。そんな、どこか危ない妖しい笑み。  1秒経てばそれが誰だかは判ったし、同じような事を数日前にされた事も思い出す。寧 ろ最近はこんな目覚めが多くなっていた。そこまで頭が働いているのなら、次にくる事も 判っていた。  少女の顔が、次第に近づいてくる。少女が目をつぶって、僕に顔を近づけていく。 「ん……」  僕は少女の顔が近づくのを避けようともせず、かといって押し止めようともせず、その まま受け入れていた。 「……ふっ」 「んゥ……」  少女の閉じた唇を割って、熱くぬめった舌が、僕の口の中にゆっくりと入り込んだ。 「っ!」  まるで捕らえられた小動物が、罠を仕掛けた猟師の絶対的な支配者の顔を見かけたかの ように、僕は咄嗟に後ろに引いてしまった。そうしなければ捕われてしまう。喰われてし まう。  ――もう手遅れだというのに。  その通り、それで少女の舌から逃れられるはずもなく、より強く少女の舌は僕の舌に絡 み、少女の両腕という糸が僕の背に絡まって離れない。まるで、蜘蛛が巣に捕まった蝶を 喰らうかのように。ゆっくり、ゆっくりと僕は、少女の体に捕われていく。  僕の行動一つ一つすら、何一つ僕を離さない、とでも言うように、僕が身を捩じらせる (情けない事に僕はこの、僕よりあからさまに年下であろう少女のクチビルだけでよがっ ていた)のに合わせるかのように、少女は、全身を僕に巻きつけ、より気持ちよくなるよ うに全身を僕に擦りつけた。  今にも溶けてしまうんじゃないだろうか、僕の霞がかかった脳内にゆっくりと侵食して いく。  そうだ。溶けるというよりもこれはまるで、――喰われている。  丸ごと飲み込まれ、生暖かい胃袋の中でじわりじわりと溶かされていく。  その想像に、僕は震えた。快楽になのか、恐怖になのか、それは判らない。 「ぁ……」  ゆっくりと、僕の口膣の中からさんざ僕を縛り上げた少女の舌がゆっくりと引いていく。  ああ、終った。そう安堵して、残念とも思い――愕然とした。  僕は「残念」だ、そう思っていた。――つい一瞬前の事を思い返す、そんなはずない、 そんなはずあるか。何度記憶を再認しようとも、ああ、けれどそれは間違いではない。  ――べちゃり。 「!!」  熱い焼け爛れたような感触が僕の頬にかかる。ああ、僕の右頬が舐められている。  焼けた鉄串を突き刺されたかのように僕は舌に嬲られている、けれどもそれが過ぎれば、 凍えるほどに冷たい何かが頬にこびり付いている。  少女の唾液が、まるで僕の頬を溶かすかのように下に垂れていく。そして少女の舌は、 僕の右頬を、ゆっくりと、嬲るかのように、――まるで味見をするかのように。僕の頬の 上をゆっくり、ゆっくりと滑っていった。熱と冷を持って、僕を少しずつ少しずつ磨耗さ せていく。  ぞくりと僕の全身を走った痺れは、悪寒なのか、快楽なのか。  その感触に驚いて開いた僕の目に、少女の目が写った  一瞬――、少女の、どろりとした瞳の中に、ずぶりとこころが呑まれてしまう。  その深遠に、――恐怖した。  僕は、歯を食い縛って、彼女の身体を引き剥がした。 「……お、おはよう、亜季」  自分でも笑ってしまうぐらいに無理矢理顔を作っていた。 「……うん、おはよぅ」  少女は小さく笑った。本当に無垢な少女の様な顔だった。 「……おなか、すいたろ? 今何か作るから」 「あ、うん。そうだね!」  少女は、また無邪気に笑った。  まるで、先ほどの行為をしていたのは別人か、と思ってしまう程に。  僕は、全身に力を入れて、立ち上がった。  窓を開けると、眩しいぐらいの日差しが僕を指した。  ふらり、僕は一瞬、身体を支えることができなくなり、慌ててたたらを踏んでいた。 「ぁ、……はは……」  笑っていた。膝ががくがくと震えていた。まるで――そうだ、この表現がまるでしっく り来る。  「骨抜きにされた」  ばかばかしい。  ばかばかしいぐらい――凍えていた。  ばかばかしいぐらいに  ―――熱く滾っていたはずなのに。        *       *       * 「ほら亜季。ご飯粒ついてるぞ」 「ぁう……」  少女の顔に幾つもついたご飯粒を指で掬い取ると、少女は、僕の指に喰らいついた。 「うわ!」  びっくりして声を上げてしまったが、少女は、そんな事では怯まず、僕の指に付いてい たご飯粒を全部取ってしまった。 「……」  へ〜、と、まるで、えらいでしょ? と無垢な少女のように顔を綻ばす。僕は苦笑いを 返すしかない。 「落ち着いて食べなよ。ご飯は逃げたりしないぞ」  僕は、先ほどの黒蜜のような行為の事をひたすら心の中に押しやって、少女との会話を 楽しんだ。 「んぅ……」 「……えと、おかわり、する?」 「ん……する。おかわり、いっぱいする」 「はいはい」  ――あくまでも、表面上は。  ――僕がこの、亜季と名付けた少女、に出会ったのはほんの数日前の土砂降りの日の事 だった。  そう、あの時、あの時の非日常の出入り口に倒れていた年端もいかない少女。見つけた のは、本当に偶然だった。  雨に隠されて何もかもぼやけた視界の中で、偶然、くっきりと誰かが居るのが判った。  偶然、――偶然? 本当に? 視界なんて1m先ですら利かなかった。それに彼女に触 った時の、あの、まるで氷でも触ったかのような凍える感触。あれは――  かぶりを振った。  ともかく、あのままにしておけるはずもなく、僕は少女を抱き上げ家に持ち帰る事にし た。  ――それが亜季だった。  いや、この言い方もおかしい。  彼女は、何も覚えていなかったのだ。年齢も、名前も、ここが何処なのか、何故あそこ に居たのか、何をしていたのか――その、肌に残った傷痕はなんなのか。  数日経った今でさえ思い出せる明確なイメージ。ぼやけた世界の中で、まるで彼女が、 世界の中心で在るような、世界の真実のような錯覚。  意識のない少女を持ち上げたときの、まるで羽のように軽い感触。  まるで死んだかのような表情を見たときの、意味が判らない、熱い昂ぶり。  訳の判らないもやのような思考にぼやける頭を振って、僕は少女を自分のアパートの一 室に持ち帰った。  僕が、少女を襲ったのは、それからまもなくだった。  いや、――襲ったんじゃない。誘われた。さっきのように。  異様な状況だった。  濡れた少女の服を脱がし、タオルで身体を拭いていると、ふと視界が一瞬ブレた。  自らも濡れた服のままで居たからだろうか。頭はぼおっとして、鈍痛が少しずつ理性を 失わせていく。変わりに、感覚と、そして本能が肥大化していった。 「ぁ……」  少女が目を醒ました。僕がそのとき、何を言ったのかは覚えていない。相当うろたえて いた事から、やましい事はしてない、とでも言ったのだろう。今思い返せば何て滑稽だっ たのだろうか。  少女は、そんな僕にただ、嗤って――そう、嗤ったんだ。笑ったんじゃなくて――身体 を起こし、僕の唇を奪った。口の中に舌を入れられ、口膣と、そして良識、理性、その他 諸々を激しく陵辱され、自分の奥底に眠っていた欲望をこれでもかと刺激した。  耐えられるはずが無い。  だって、人間の持つ原初の欲求を呼び醒まされたんだ。数千年程度で培わされた人間の 猪口才な倫理観なんて、風に吹き飛ばされた木の葉のように飛び散った。  一頻り、僕の口を堪能した舌が離れ――、また、嗤った。  シャツのボタンは、自分から外していた。  雨で、べっとりと肌に付いた服をもどかしく脱いだ。重しで縛られていた僕の欲望は、 完全に遮るものが無くなった。  今度は、僕の方から唇を奪っていた。少女に触れる度に、僕は怖いぐらいに熱くなって いた。 「ん、ぅ……」  そんな恐怖心すら無くしてしまうほど、僕はすでに快楽に溺れていたのだけども。  そして少女は恐怖もせずに、僕を受け入れてくれた。それに感激し、涙まで零していた。 その涙を掬い上げる少女のぬらりとした舌の感触が、いまだ皮膚にうめく様に残っている。 「ぁ――」  言葉に、成らない。目の前がただ白くなる――。  肉が僕の身体に纏わりついてゆっくりと腰を下ろし―― ぐちゅり。  肉と欲望が爆ぜる音。  後はもう、わけがわからない――  ――行為が終ると、僕は自らの行動に恐怖していた。誘ってきたのは少女からだ、なん て言い訳にすらならないほど僕は少女を貪るかのように犯していた。  今思い返してみても、あの時の僕は狂っていた、と断言できる。(それはもしかしたら 自分の罪、本性、そんな薄汚いものを認めたくない為の決め付けかもしれないけども)ま だ年端も行かないだろう少女の肉体を荒々しく撫で、絡みつけるように吸い付き、齧りつ くかのように少女の膣に自分の肉棒を突き入れた。恨みを持っていたわけではない、憎ん でいたはずもない。一目惚れしたわけでもなければ、少女に対して何か特別な嗜好を持ち 合わせてもいない。(だからといってこれが見知らぬ少女を犯した免罪符になるわけでは ない)  だというのに――何故、この抱きしめている少女の身体を全身で縛りつけて、離れない 様に淫肉同士で繋ぎ合わせて、まるで狂愛する恋人の様に、唇が離れなくて。  僕の肉体は、完全に少女の肉体に虜になっていた。  これは麻薬だ、しかも酷い習慣性を持ち合わせ、性欲に直接直結する、最悪で最狂で、 最愛の麻薬。  気を失うまで、僕は彼女を犯していた。抱いている最中、何時までも少女の喘ぎ声と嗤 い声が耳にこびり付いていた。  まるで、泣いているかのようにも、何故か聞こえた。 「あなた、だあれ?」  ――目を醒ましたときの、少女の第一声がそれだった。  安堵。僕の心にそれが最初に芽生えた。そしてすぐ、途方も無い後悔に心が爆発した。  だが、少女は、文字通り「少女のような」純真無垢な顔をして、僕を見つめていた。  夢だったのだろうか。それは無い、とすぐに否定する。なぜなら僕の目の前で、夥しい 量の精液が、少女の股間から今もゆっくりとゆっくりと溢れ出していた。だのに、この少 女は、僕に犯されたというのに、まるで何事も無かったかのように僕に話し掛けている。 まるで、今初めて出会った、かのように。  僕は、咄嗟に口を開いた。君は誰なんだい? と。  言うべき事はそれではないはずなのに、しかし、もしかしたら何も覚えてないのではな いかという都合の良い淡い期待が――しかしてそれは、叶えられてしまう。  何も知らないのだ。この少女は。  僕が誰なのか(この少女を犯した、という事実すら少女は知ってそうになかった、つい さっきまで、あそこまで激しく貪りあったと言うのに)ここはどこなのか、何をしていた のか、何故あそこにいたのか。――何も、覚えて居ない。  名前すら判らない、と少女が言ったとき、僕は、少女に名前を与えた。亜季。  喉からするりと出たその名前は、まるで、――僕から、何かが、ずるりと滑り落ちた、 そんな、取り返しのつかない喪失感があった。  亜季。あき。あき……?  何の名前、だったのだろう? 「……ねえ?」 「……あ、ああ、何だい?」  思考は中断される。亜季は、僕を無邪気そうな顔で見つめていた。途轍もない違和感。 もしかして先ほどのは夢だったのではないか、そうだ、僕は元から彼女と住んでいて、朝 のは、僕が寝ぼけていただけで、昨日のは、単なる悪い夢。酷い妄想なんだ――。  それこそ酷い妄想だった。逃れられない現実からの逃避。僕の手を引っ張る亜季の手が それを判らせてくれる。判りたくもないのに。 「きょうは、でかけるの?」  無邪気に聞く。その顔の中にある、期待の色は一体何なのだろう。 「いや、今日は仕事は無いからね。家に居るよ」  その無邪気に残酷そうな顔に凍えながら、僕はヘタクソな嘘をついた。だが、何故嘘を ついたのかが自分には判らなかった。 「そっかあ……」  そうまでして、この少女と居る理由なんて、無いはずなのに。 「じゃあ、――」  少女の顔が、変わった。  悪寒がした。自然と、唾液が喉を嚥下した。 「たくさん、遊べる、ね?」  にやり、と嗤った。無邪気な笑みがずるりと腐り落ちて、その中から淫靡な狩人が現れ た。  僕は、その目と笑みに萎縮され、ただ彼女の望むまま不器用に頷いた。 「………ああ」  ……判っていた。僕は既に、彼女の意のままに操られ、弄ばれていた。  かといって、僕は逆らう事もせず、ただただ彼女に貪られていた。逆らう理由が、無い。 だって、きもちいいもの。  ――どちらが先に舌を絡ませたのか、僕には判らなかった。  そうだ。僕と肌を荒々しく重ね合わせるときだけ、亜季は、亜季でなくなる。知らない、 知りようもない、知りたくもない別のナニモノかになってしまう。  僕にそれを防ぐ手立ては一つも無かった。だって、僕も僕で無くなってしまうから。僕 じゃない、欲望に塗れた、いや、欲望そのものの、なにものかに。  もしかしたら、それが僕等の本性なのかもしれない。それは何処までも忌避するもので あると同時に。  ――どこまでも、望んでしまっているものであった。  ――ふふふふふふ    ――ふふふふふふふふ  亜季の嗤い声が、殊更耳にこびり付いた。  ――重い水音が、僕の部屋に響き始めた。  服と言う性欲の拘束具を脱ぎ捨てて、僕は亜季に床の上に横たわらせられた。これから 何が始まるのか、全て判っている筈だというのに、僕の身体はまるで凍りついたかのよう に――いいや、まるで得体の知れない恐怖を見た脅える子供のように震えて何もできなく なっていた。  今、僕は――例えるなら、俎板の上の鮪そのものだろう。亜季は、僕を今にも貪り始め てしまうかのように僕の全身を唾液をたっぷりに舐めまわし、股間からしとどに溢れ出る 愛液を抑えようともせず、むしろ僕の身体に股間を押し付けて――まるで、僕はすでに亜 季の所有物にされてしまったかのような。亜季の体液が、僕の身体を縛りつける糸のよう な、そんな錯覚を覚えた。だが、それは拭えない恐怖を塗りつぶすかのような快楽を僕に 与えていた。じりじり、じりじりと、少女の体温が全身を巡っていく。全身に、えもいわ れぬ熱気が篭っていく。僕の体が異質なものに変わっていく。まるでからだ全てが快楽を 得ようとする器官に変わってしまったかのように。  恐怖と快楽という相反する原初の感情を呼び起こされて、次第に、僕という存在が、僕 と言う意識が薄れていった。 「ぁ……」  腕に、つぷり、と小さな、しかし熱い痛みを感じた。亜季が僕の腕に噛付いて、僅かに 流れ出る血を舐め取っていた。――その時の亜季の、凄惨な嗤い、は、嗚呼。吐き気を催 しそうな不快感と、今にも射精してしまいそうな快楽が僕をぐちゃぐちゃにする。 「ふふ………ふふふふふ……」  ああ、耳障りな心地よい亜季の嗤いが響く。 「あはぁ………」  唾液を充分に滴らせながら、亜季の顔が持ち上がり、僕の顔の上に動いた。亜季の唇か ら零れ落ちる不快な匂いのする唾液を、僕はなんら抵抗もせずに飲み込んでいった。甘美。 甘露。ああ、酷い味だ。亜季の味だ。――もう、僕は、亜季を犯すことしか考えられなく なっていた。だと言うに僕の身体は一向に動かない。酷いもどかしさを感じつつ、唯一動 く目を亜季に向ける。――多分、僕の目は汚らわしいケダモノのような目で亜季に懇願し ていただろう。  亜季と一つになりたい。  亜季が欲しい。  亜季とセックスしたい。  亜季とシたい。  亜季が欲しい。  亜季を犯したい。  亜季を孕ませたい。  亜季が、  あき、  あき、  あき、  あき――― 「ぅわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」  激痛、そんな表現では生易しい快楽が僕に走った。僕の体は仰け反って、のた打ち回ろ うとしたが、腰の上に何か重い物が乗っかってろくに動けやしなかった。途端、肉棒がび くんと精を放った。 「ぁ…………」  僕はようやく気づいた。僕の腰の上で亜季が乗っている――僕の肉棒が亜季の膣の中に 深深と、しかし何ら苦も無く沈み込んでいた。  一度射精したはずの肉棒は亜季の中で未だ隆々と堅さを保っていた。だというのに僕は 異常なほどに全身が疲弊していた。それでも僕は腰を動かす。いや、打ち据える。  淫猥な音の中、快楽と恐怖の内で僕は必至に腰を打ち、亜季は嗤いながらそれを受け止 めて、そして僕に激しい快楽を与えた。それに流されそうになりつつ(流されたままなら ばどれだけ楽だったのだろうか)しかし僕はまた腰を打ちつける。  セックスのテクニックも無く、性交の愛情も無く、子を作るためでもなく、このセック スは、只貪りあう、いいや、亜季が僕を貪り喰らうためだけのセックスだ。  だから、絶頂が来る感覚すら僕は判らなくなっていた。どくん、と腰の中が流動したか と思うと、僕は亜季の膣の中に大量の精子を叩きつけるが如く流し込んでいた。だけど未 だ肉棒は衰えない。だから僕は腰を動かし続ける。終りの無い終りまで何度も。  僕は叫び、亜季は嗤う。この異様な混声合唱は、だが何故か狂うほどに心地よかった。 そうこうしてるうちに僕はまた射精した、射精、射精射精射精、精、精、精、精、精精、 精精精精精精精精精――  それでも僕は、只腰を動かしていた。  それでも亜季は、只嗤っているだけだった。  ――どのくらいの時が過ぎたのだろうか、何度亜季の中に精を流しこんだか、どんな風 に亜季は嗤っているのだろうか、僕はどうなっているのだろうか。全てが判らなくなって いた。全てがどうでも良くなっていた。 「――頃合、か」  亜季、何を言ってるんだい? ああ、ほら、もうちょっと待っててくれよ、今亜季のお まんこに僕の精液をたっぷりごちそうしてあげるから、ねえ。 「ふふ……すでに精も尽き果てたというに、まだ与えてくれるというのか、ふふ、ふふふ ふふ――」  ああそうだとも何でも与えてやるさもうはなさないぼくといっしょにずっとここでせっ くすしてるんだ 「ふふ……ぁあ、この感情、何と言うのであろうな………」  どうしたんだいあきほらこたえてくれよねえあいしてるあいしてるよあいしてるから、 泣かないで―― 「……あぁ、これは恋慕の情か、………久しぶり……なんと久しぶりか………」  ねえなかなくていいなかなくていいからずっとあいしてるからあいしてるからあきあき してる 「…………ふ、ぁ…………あぁ………わらわも、……あいしておるぞ?」  ああすごいしあわせだぼくらはどっちもあいしてるあいされてるこんなにうれしいこと はないよ 「――食べたくなるほどに、な」 ――――がぶり。  うああ「全て――」いたいよ あき いたいよ「貰っていこう」ああそうかおなかがす いたんだね「体、血、骨すら、すべて残さぬ――」そうかそれじゃあしかたないな「生か してやろう、覚えてやろう……」ぼくをたべなよ「汝は、わらわとともに生きる………」  ああ、ずっと、ずっといっしょ――― 「汝の与えてくれた、名とともに、なぁ…………」 ―――ぐちゃり。 END