7月31日
 夏が盛りを迎え、生命が夏を謳歌している。都会では感じられなかったことが、ここでは感じる。
 風が、気持ちいい。海沿いとは違う、爽やかな夏を感じる。
 「ふぅ・・・ あそこで給油しといて、正解だったな。ここまで、三十キロ近くあるぜ。」
 白雲村と書いてある道標を前に、俺はバイクを止め ヘルメットを脱いだ。
 アパートを昼前に出て4時間半。食事と二回の給油以外、休憩も取らず走ってきた。
 「もう少しか。」
 ポケットから地図を取り出し、目的地を確認した。一本道と言ってもいいが、主道から入る道の目印を 再度確認する。
 勾配もきつく、舗装も悪い道。バイクが、ロードタイプでなくてよかったと思う。

 「悪いんだけど、白雲村の家に行ってくれないかしら?
 母さんたち、仕事で 今年はどうしても行けないのよ。お墓参りもあるのに・・・ 」
 連絡を受けたときは、正直 迷った。十年前、祖父の葬儀以来言ってなかったし 昔聞いた伝承を思い出したことで 民俗学のレポートの題材とすることにして、秘書も兼ねて OKすることにした。
 倉庫整理のバイトも先日辞め、次のバイト先も決めてなかったこともあった。

 「さて、後少しだ。」
 地図をしまい、ヘルメットを被ると 俺は小さな集落へと入っていった。
 斜面に張り付くように、点々と家がある。その集落の一番奥に、祖父の家はあった。
 川沿いの主道。そこから家々に延びる側道。よくもまあ、こんな不便なところに住んでるなと 感心する。反面、俺たち都会で楽なことに慣れているのを感じもする。
 「ゆっくり走ってるってのに、人をみかけないな。」
 ある意味、無人集落ではないかと疑いたくもなる。が、きちんと手入れされた田畑を見ると そうでないことがわかる。人が少ないだけだろう。それに、家からは煙がでているところもある。
 僅かの間といえども、ここで暮らすのだから 挨拶には行かねばなるまい。その為とは言わないが、道すがら家を一つ一つ確認してしまう。
 「 ・・・店らしき家がない。。。」
 人が少ないなら、儲からないもんな。ということは、隣村まで買い出しに行くか 行商がやって来るかってことだよな。俺には、このバイクがあるからいいけど・・・ 予備タンクでも買って、ガソリンを確保しとかないと やばそうだ。。。
 そんなことを考えてると、目指す家が見えてきた。たぶん、あの家だと思う。うっすらと記憶にある家と一致するからだ。
 家に近づいて行く安堵と懐かしさが、俺の胸を熱くする。
 だが、これからすぐしなければならないことを考えると 溜息も出る。
 急な坂道を軽快に上っていくバイクが、気持ちを落ち着かせる。
 「とぉ〜ちゃぁくっ!」
 祖父の家も、ご多分に漏れず 山肌に張り付くように建っていた。他の家をみても思ったのだが、まるで山城の曲輪のようにもみえるんだよな。もしかしたら、山頂に城跡があるかもしれないな なんて 勝手に思ってみたりもする。
 「懐かしいな。」
 ヘルメットを取り、家を見渡すと 祖父のことが脳裏に浮かんだ。
 「墓前で、今まで来なかったことを謝らないと居心地悪いな。」
 今は亡きこの家の主の許しを請うのも、礼儀だよな。そう思ってしまう俺は、考えが古いかな?
 「ま、すべては明日だ。」
 シートに縛ってあった荷物を解こうとすると、人の気配を感じた。あわてて振り返ると、そこには・・・ 少女が立っていた。
 「あっ・・・ 」
 「 ・・・ 」
 少女は、黙ったまま 俺をみている。何か、怯えるような目をしている。突然現れた俺に警戒しているようにも取れるが、俺は違うと思った。
 「えっと・・・ 」
 「 ・・・ 」
 少女は、俺が一歩寄ると 一歩下がった。それを見て、俺はどう対処すればよいか 悩んだ。そして、俺はあることに気がついた。彼女は、どこから出てきたかということに。
 周りを見渡すと、祖父の家の玄関が開いている。そこから出てきたと考えるのが、妥当ではあるが 祖父の家は無人であるはずだ。親戚に、彼女くらいの歳の娘はいない。
 では、なぜ ここに住んでいるんだ? 俺は、両親からなにも聞いてないぞ。
 「ここに住んでるの?」
 「 ・・・はい。」
 やはり、ここに住んでいるようだ。
 俺は、改めて少女を見た。俺より、2つ3つ下かな? ・・・もっと、幼くも見える。まさか、こんな少女が一人で暮らしているなんてことはないだろうと思うけど この家に住んでいること自体 謎だ。
 「えっと・・・ 俺のこと、知ってるのかな?」
 なんにしても、相手は女の子だ。穏やかに話しかけるしかないだろう。
 「 ・・・知ってます。青・・・ 天空さん・・・ ですよね。」
 初めて聞いた少女の声は、怯えた声でもあったが・・・ 俺には かわいらしい声に聞こえた。
 「ああ・・・ やっと、話してくれたね。」
 俺は、少女が話してくれたことで安心したが 少女はそうではなかった。
 「あっ・・・ あのっ・・・ 」
 ビクッとして、躰を強ばらしている。
 困ったな。。。どうすればいいんだ?
 「あのっ・・・ あのっ・・・ 中に・・・ 中に手紙がありますので・・・ それを読んでくだ・・・ さい。」
 少女は、それだけを言うと 家の裏の方へと駆け去ってしまった。
 「あっ!」
 俺は、あっけにとられた。
 少女は、俺のことを知っているようだったが 俺は少女のことを何も聞けなかった。せめて、名前だけでもと思った矢先に 少女は逃げ去ってしまったのだ。
 「彼女を追い出したようで気が引けるけど、これで家の中に入れるな。。。」
 そう言いつつ、解きかけの荷物に手をかけるが 少女のことが気になってしかたない。
 「追いかけるべきだったのか・・・ ?」
 そう考えても、あの様子じゃ 余計怖がらせるだけだよな。
 それよりも、心に引っかかる何かを 彼女に感じる。彼女を心配しているのとは違う・・・ 懐かしさ、なのか?・・・ わからない。
 「よっ・・・ と。」
 持ってきた荷物を担ぐと、彼女が開けっ放しにした玄関へと 向かう。
 ”中に手紙があります。”
 それに、彼女の手がかりがあるというのか?
 家の中に入ると、彼女が生活していた空気があった。片づけられて、埃っぽさを感じない空間に 彼女が暮らしてきた跡が伺える。
 古い家の造りか、玄関の土間と台所が一緒になっている。記憶では、上がると居間で 奥に部屋が二つ。トイレは、外だったな。風呂は・・・ あれ? 記憶がない。 ・・・記憶から掘り起こそうにも、抜けたような感じで わからない。しばらく住むんだから、後で確認しとかないとな。
 ドサッ
 荷物を居間に置いたが、何か他人の家に上がり込んだようで 気分が良くない。
 彼女が、わけありでここに住んでいるなら 彼女が先住者だもんな。誰も住んでいないとこに来たのと、理由が違う。
 「ホント、まいったな。」
 目線を荷物から部屋の中へと移すと、卓袱台の上に 何かあるのに気づいた。それが、彼女の言っていた手紙であることは すぐに判ることだった。
 俺は、手紙に誘われるように近づいていった。
 居間も、彼女がちゃんと掃除しているようで 生活感が漂っている。
 ”天空(そら)へ”
 そう、封筒には書かれていた。どうみても、親父の字だ。親父が、彼女に託したのだろうか。。。
 俺は、手に取ると 封を切った。
 ”この手紙を読んだと言うことは、きっと陽子ちゃんと会った後のことだろう。”
 あの娘は、陽子っていうのか。
 ”天空は、覚えていないかもしれないが 陽子ちゃんは父さんの親友の紅浩一の娘だ。じいさんの葬式の時に、会ったのが最後だ。”
 覚えてないな。。。
 ”彼女は、現在 通っていた学園を休学して そこに一人で暮らしている。ある事情から、紅に相談を受け そこに住まわせているわけだが、事情については 陽子ちゃんから直接聞いてもらいたい。
 ただ、それは容易なことではない。男性、特に若い者には近寄ることを拒んでいる状態だ。父親でさえ、話すのがやっとだと言っていた。”
 おいおい、そんなんでどうしろって言うんだ?
 ”これから、二人で暮らすことになるのだが 彼女の心を開かせるのも閉ざすのも天空次第だと言うことを 肝に銘じておくように!”
 謀ったな親父!
 ”こんなことを頼めるのは、天空しかいないのも事実だし 紅からもよろしく頼むとのことだ。とにかく、陽子ちゃんを助けてやってくれ。”
 大雑把な手紙だ。親父らしい。
 ・・・ ・・・大役を押しつけられたな。手紙からすると、男性恐怖症になってるみたいだ。その理由は、いくつか考えられるが 俺の予想だけで接していくのは危険だと思う。俺から近づくよりも、彼女から近づいてきてくれると楽なんだけど・・・ せめて、彼女が俺をどう見ているのかが知りたいぜ。なんとかね話すきっかけを作っていかないとダメか。 ・・・今が、その時か。まず、これからのことを話さないといけない。彼女が、先に暮らしているから 彼女優先で決め事を作るべきだろう。
 そう答えを出すと、俺は彼女・・・ 陽子を捜すことにした。すぐ近くにいれくれれば良いんだが・・・ 。
 俺は、家を出ると 陽子が消えた方へと向かった。それしか、探す手がかりがなかった。
 家の角を回ると、そこには南斜面に面した縁側と物干し台のある庭があった。まだ、日暮れには早いが 陽がもうすぐ山嶺に隠れようとしている。そのわずかな残り陽を浴びるように佇む陽子の姿があった。陽を浴び、何を考えているのか 真っ直ぐ遠くを見ている。
 俺は、その姿に歩みを止め 見とれてしまった。儚さを漂わせる姿が、今の情景に溶け込むようで 綺麗だと感じた。