浩之X
 あれから十日、毎日二人は求めてきた。
 綾香は、最初にみせた憂いもなく 芹香さんと二人で 俺を求めてきた。隙間を埋めるかのように、貪るように身体を重ねた。
 至福の時・・・ とまでは言わないが、幸せではあった。
 ただ、時折 不安が過ぎる。いつまでも続いてほしいと思う反面、いつか崩れるんじゃないかと。
 失う悲しみを、もう二度と味わいたくない。だけど・・・
 「ねえ、武闘会に参加するんでしょ?」
 「ああ、ジジイが五月蠅くってな。それに、優勝でもしないと 綾香たちと付き合うのに箔が付かないぜ。」
 「そんなもの、必要ないのにね。」
 俺は、一週間後に行われる武闘大会に 参加することになっていた。セバスのジジイが、俺と闘いたいがために 四六時中五月蠅かったのもあるが、よそ者の俺が この国の人たちに名を売るチャンスでもあった。綾香と付き合うには、名前くらい覚えてもらっておかないとな。
 「そういう綾香は、どうするんだ?」
 「一応、女の部にでるわ。」
 「一応なのか。」
 「うん。男に混じって参加してもいいんだけどね・・・ 残念よ。」
 「同性には、敵無しか。」
 「一人だけ・・・ 城下一の道場の娘で、坂下好恵っていうんだけど。彼女だけかなぁ、私とまともにやりあえるの。まあ、一度も負けたことないけどね。」
 綾香の言葉に嫌みはないが、その坂下とかいう奴にしたら 面白くないだろうに。
 綾香は天才肌だが、そのように努力してると思う。相手が、いくら努力しても勝てないのは 資質の違いだろう。
 「友達なんだな。」
 「うん、幼なじみってとこ。」
 そう言った綾香は、城下を見下ろした。そこには、俺がなくして 彼女にはあるものが存在する。
 「いいもんだな。」
 「・・・」
 「綾香?」
 「どこにも、行かないよね?」
 「 ・・・どういうことだ?」
 「ちょっと、不安になっただけ。」
 「ここに居られない理由ができない限り、嫌でも住み着いてやるぜ。」
 「んっ。」
 やっと帰ってきた・・・ そんな感じを持っているのに、離れられるものか。
 「姉さんが・・・ 」
 「芹香さん?」
 「占いに、不吉なことがでたって。それで、何かを調べているの。」
 「そうか。」
 「姉さんの占い、ほぼ当たるのよ。もし、それがあなたに関するものだとしたら・・・ 」
 「外れることもあるんだろ?」
 「外れるといっても、ほんのちょっとずれるだけ。だから・・・ 外れたことがない、と言えるの。」
 「どんなことがでたんだ、その占い。」
 「はっきりと、教えてくれないのよ。ただ、最悪の事態は避けたいって。」
 綾香の顔を見ると、どこか不安な面もちを隠せないでいる。それほど、芹香さんの占いを信用してるとも言える。
 今回の占いは、未来見(さきみ)なんだろう。未来に起こることを予見し、良い方向へ導いていくためなのだが 芹香さんが隠すほどのことであれば・・・ どんな事態になるのだろう。。。
 「芹香さんが、解決策を探してるんだろ? だったら、心配することもないんじゃないか。」
 「うん・・・ 。」
 綾香が、そんなに心配になっているあたりが 気になってしかたない。
 「ハアハア・・・ 浩之さん・・・ 綾香。」
 急いで来たのか、芹香さんは 息を切らせている。そんなに慌てて、どうしたっていうんだ?
 「ね、姉さん。」
 「芹香さん。」
 「大変なことが起こります。もう、止められないでしょう。」
 「どういうこと?」
 「もうすぐ、始まってしまいます。」
 「姉さん?」
 空高く輝く太陽を見る、芹香さん。それは、涙を零れないようにしているとも 見える。
 「400年前、魔神が現れた時と同じ日食が これから起こります。そして、魔神は復活するでしょう。」
 「!?」×2
 「魔神の力が、私に影響していたのか こんなにも寸前になるまで わかりませんでした。」
 芹香さんは、悔しいのか 今度は俯いて悲しそうな顔をしている。
 俺は、手を差し伸べることさえできないでいる。
 「魔神は、現世での器となる人間に乗り移り きっとこの城へ現れるでしょう。400年前の復讐の為に。全てを灰とする為に。」
 「勝てないのか?」
 芹香さんの話しから、危険は目前にまで迫っている。それは、逃げる余裕などほとんどないと言っていい情況だ。それに、国を治める一族が 真っ先に逃げ出すことはできない。
 俺は、そんな綾香と芹香さんを守りたい。彼女たち、葵を守る楯となる。守るためには、勝たなければ意味がない。
 「無理です。400年前、伝説とまでなっている最強の方術師が 辛うじて封印したのです。自分の命と引き替えに。
 私には、その術を使うだけの法力がありません。」
 「対策はないの、姉さん?」
 「方術も、天輝拳も進化はしていますが 平穏な時代を経て 魔神に対抗しうるまで力を得ているのか疑問です。」
 「それでも、私たちが戦わなかったら 誰が国民を守るのよ。」
 「そうですね。」
 今、何も感じない状態で 俺は何も言うことがない。何も、危険な匂いを感じない以上 それに対する構えが取れないのかもしれない。
 「でも・・・ 魔神相手に、人間の私たちが どれだけのことができるかしら・・・ 。」
 「綾香らしからぬ言葉だな。」
 「だって、そうでしょ? 人間や動物相手なら、急所を探し出して 攻めることもできる。それができない相手に、勝つことができて?」
 「何を、そんなに不安になってるんだ?」
 「わからないの・・・ 。」
 呟くように言った綾香の姿は、守る為なら逃げ出したいとでも言っているようだった。守るべきものの姿が、はっきりしないために 戸惑っているのだろう。
 「そろそろ始まるでしょう。」
 一瞬、風が吹き 木々がザワついた。
 やかましかった虫の音もなくなり、その刻が迫っていることを告げる。
 綾香から、ピリピリしたものを感じる。
 「気休めかもしれないが、俺が命にかけても 二人を守ってやるぜ。」
 「 ・・・うん。」
 本当に、気休め程度だ。戦いに、常識では考えられないことは多々ある。特に、相手が・・・ 常識を遙かに越えた存在なら 俺の言葉など意味もないのだろう。それでも、俺の意志を伝えることは 必要だった。

 運命の歯車は、刻々とその時計を その時間を目指し 進む・・・

 俺たち3人は、ゆっくりと欠ける太陽の下 一言も発することもなく 迫り来る刻を待った。
 どんな結末を迎えるかなど、考えることもできず。
 「?!」
 欠けた太陽が、肉眼でも判りかけた時 とてつもない悪氣を感じた。
 冷や汗がでる。
 「ヤバイ。」
 いままで感じたこともない巨大な悪氣に、俺の身体は警戒を発している。
 「怖いよ、浩之。」
 「浩之さん。」
 二人の不安も、最高潮に達している。
 「俺が、時間を稼ぐから 逃げろよ。」
 「ううん・・・ どこへ逃げようと、きっと見つかってしまう。だったら、浩之と一緒にいるわ。」
 「私もです。」
 俺たちは、覚悟を決めた。いや、俺はこの二人の姉妹と葵を死んでも守る覚悟を。
 天影拳を尽くして、敵を退ければいいが・・・ 神に勝てるだろうか。勝つしか、守るべき人たちを救えない。わかっている選択だったな。
 「行くか。」
 俺は、迎え撃つ為に 城門を目指した。二人も、俺に続く。
 完全に太陽が隠れ、悪氣が膨れ上がり 何かを弾いたように感じた。たぶん、封印が破られたのだろう。
 「チッ。」
 わずかな望みも、消えたのだ。俺は、封印がもちこたえればなどと 心で思っていた。そう思わずには、いられなかったのだ。
 石段を降りていく俺たちの目に、あわただしく走る城兵が 目に入った。
 「浩之っ。」
 「ああ。きっと、セバス・チャンが召集をかけているのだ。俺たちも、急ごう。」
 城兵たちは、武闘会が行われる広場へと 向かっていた。俺たちも、後を追う。
 走る城兵たちの顔は、一同に不安の色を伺わせている。日食という現象に加え、一般人でも感じてしまう巨大な悪氣。混乱し、不安になるのは当たり前だ。
 「ねえ、浩之!」
 綾香が、俺の裾を引っ張って 歩みを止めた。
 「・・・」
 俺には、二人のかける言葉もなかった。
 「最後まで、一緒よ。」
 「お願いします。」
 「わかってる。」
 そう言う返事しかだせない自分が、辛い。
 未来に希望がないと思っているのか、俺は・・・ 。

 広場には、城兵が整然と列んでいたそして、セバス・チャンが 激を飛ばしている。
 「 ・・・以上! 出陣っ!!」
 セバス・チャンの号令で、進軍が始まる。
 国の為、王の為、もしくは愛する人の為 兵たちが進む。
 俺には、止めることはできない。
 ただ、見送るだけだ。
 「小僧、帰ってきたら 勝負してもらうからな。首を洗って、待っておれ。」
 行軍の中から、ジジイが近寄ってきて吼える。
 「わかってるって。」
 「漢の約束ぞ!」
 「死ぬなよ。」
 「ふっ・・・ 。」
 ジジイも、わかっているのだろう。その一瞬みせた顔つきに、全てを物語っていた。
 「姫様たちを、頼んだぞ。」
 再び行軍に合流したセバスは、城外へと消えていった。
 太陽が、再び顔を覗かせ始め 行軍を照らしつつあるも、行く末に光は射しているのだろうか。
 「兄様・・・ 。」
 「来たか、葵。情況は、判るな。」
 「はい。」
 「 ・・・もしもの時は、躊躇するな。」
 「 ・・・はい、兄様。」
 葵は、いつも肌身はなさず背負っている物に 目をやった。それは、俺の言った事を理解した証拠でもあった。
 「葵も、戦うの?」
 「芹香さんの護衛をさせる。方術を唱える時は、無防備になるからな。葵が、芹香さんを守ってくれれば 俺と綾香が突っ込み易くなる。」
 「そうね。葵、頼んだわよ。」
 「はい、がんばります。」
 「期待します。」
 一応、パーティーは組めたが・・・ 後は、迎え撃つ場所か。
 「 ・・・どこで待機する?」
 「時間は、それほどないと思います。」
 「だろうな。」
 「で、どうするのよ。」
 「ここで、いいんじゃないか。どうせ、正面からやって来るだろうからな。」
 「どうして判るんですか、兄様。」
 「力の差が、半端じゃない。魔神にゃ、裏を掻くなんて 必要ないからな。」
 「そうねぇ。
 ・・・少しくらい時間ありそうだから、何か食べ物をもらってくるね。」
 綾香は、王宮へと走り出した。
 もうすぐ、日食は終わる。だが、真昼の暗闇から 完全に解放されたわけではない。事態は、刻々と悪化している。後一刻もしないうちに、出陣して行ったセバスたちと魔神との戦いが 始まると思う。あくまでも、感じる氣からの 勘でしかないのだが。

綾香Y
 「これが、最後の食事になるのかな・・・ こんな物しか作ってあげられないなんて・・・ 料理、覚えておけばよかった。ハァ〜・・・ 。」
 私は、目の前にできあがった物を見て 溜息をついた。山と盛られた歪な握り飯が、その原因。
 「姫様、私たちが すぐに作り直しますから。」
 「あ、いいの。今度教えてもらうから、その時はよろしくね。」
 「はい、私にできることでしたら。」
 「それじゃ。」
 握り飯の盛られた皿を、持ち出した。
 生き残ったら、料理を覚えて 浩之に食べてもらうの。美味しいって言ってくれるように、がんばってみよう。
 「あ・・・ れ?」
 自然と、涙が溢れ出た。泣いちゃだめだってわかってるのに、溢れてくる。
 「こんな顔、見せられないよ・・・ 。」
 私の足は、止まっていた。前へ進めない・・・ みんなの・・・ 彼の元へ行かなくちゃいけないのに。
 「綾香様?」
 「 ・・・セリオ?」
 「はい。だいじょうぶですか?」
 「私・・・ 怖いよ。どうしようもなく怖いのよ。私の夢が、音をたてて壊れていく。どんなに彼との夢を見ても、もうすぐ消えてしまうの。」
 私の足が、動かなくなった理由。
 「私には・・・ 綾香様の気持ちは、わかりません・・・ けど、今できることを しておくべきでしょうね。」
 「?」
 セリオは、濡れたタオルで 私の涙をぬぐってくれた。
 「そのまま、浩之様のところへ お戻りになるおつもりでしたか?
 私は・・・ 綾香様は、浩之様のお側にいるべきだと思います。それが、今できることだと 私は考えます。」
 「!!」
 「私は、間違っていますか?」
 「 ・・・ううん。」
 「そうですか。」
 私の涙は、止まった。
 私にできることは、最後まで浩之と一緒にいること。それが、今の私が叶えられる夢。それを、忘れていた。
 「もう、いいわ。ありがとう、セリオ。」
 「はい。」
 「どこかに、隠れていて。終わったら、呼びに行くから。」
 「ご武運を祈ってます。」
 「んっ・・・ 。」
 私は、再び足を進めた。駆け出した。少しでも、彼の側にいる為に。
 もう、迷わない。力の限り、私らしく 私にできることをすればいいって わかったから。それと、私のしてほしいことを 浩之がしてくれればいいかな。とりあえずは、これを食べてくれればいいんだけど。
 「だけどなぁ〜・・・ 。」
 この歪なおにぎり・・・ もうちょっと、形を整えればよかったと思う。でも、体裁だけ整えるのって 苦手だから。なんにしても、気持ちがこもってなくちゃね。さしずめ、今の気持ちって 愛情ってことになるのかしら? ・・・思ってて、恥ずかしくなっちゃった。
 「あっ、浩之ぃ〜っ!」
 私は、浩之から見えるところまで 戻ってきた。
 ドオンッ
 「えっ!!」
 爆発にもとれる、氣の膨らみと拡散。
 「セバス・チャン?」
 もう感じない、セバス・チャンの氣。そして、変わらない悪氣。
 「嘘っ・・・ !」
 「綾香ぁっ!」
 「あっ。」
 一瞬揺らいだ身体を、ダッシュで駆けつけた浩之が 支えてくれた。
 「ありがと。おかげで、おにぎりを落とさずに済んだよ。でも・・・ 」
 「わかっていた結果だ。」
 「そうだけど、私の師匠でもあるのよ。」
 「備えが不十分で、正面から突っ込むしかなかったってことだ。」
 「うん・・・ 。」
 「その点、俺たちは 芹香さんが方術印を書くことができて 迎え撃つ準備ができている。だいじょうぶだって。敵を取れるさ。」
 「そうだね、浩之。
 ねえ、私が作ったんだけど 食べてくれる?」
 浩之の言葉に納得はしてないけど、割り切るしかないのよね。それに、もう泣いてる場合じゃないし。
 「ああ。」
 今、私が始めて作った食べ物を 浩之が食べようとしている。
 ハア・・・ ドキドキするよ。
 やっぱり、不味いのかなぁ。見た目も、味に影響するようなこと セリオが言っていたし。
 「んっ・・・ 塩がちょっときついな。 ・・・特別美味いことはない。」
 ああ、やっぱり不味いんだ。おいしいって言ってくれるって、期待してたわけじゃないけど 言われないとなんとなくがっかりするわ。
 「そっか。」
 「そう、がっかりするなよ。次に、期待してるからな。」
 「!? ・・・うんっ。」
 うれしい。こんなに嬉しいんなら、浩之が美味しいって言ってくれた時 もっと嬉しいんだろうな。こんな時じゃなかったら、すぐにでも作り直しに走るんだけど。
 「腹一杯喰いたいとこだが、動きが鈍くなっちゃ 全力で戦えないからな。」
 「そうだね。」
 「綾香の料理は、そのうちゆっくり食べさせてもらうさ。」
 そう言った浩之は、もう一つおにぎりを持つと 私から離れていった。
 なぜか、歩く浩之の背中が 遠く感じる。彼が遠ざかってるのか、私が離れているのか。
 「綾香、その時は 私も作らせてくださいね。」
 「そうだね。一緒に作って、浩之を驚かせてやろうね。」
 姉さんも、浩之の背中を見ている。どうして、私たち姉妹は 一人の男性を愛してしまったんだろう。今は、それが幸せなんだけど。
 「私の命で、浩之さんを守ってみせます。」
 「私だって、命に賭けて 浩之を守ってみせるわ。」
 姉さんも、考えてることは同じだった。私だって、やりたいことたくさんある。だから、死にたくない。生き続けたい。
 「綾香ぁ、なにしてんだ。体、ほぐしとかないと 動きが鈍るぜ。」
 「うん、わかったぁ。」
 私は、大声で元気に答えた。
 「姉さん・・・ がんばろうね。」
 「はい。」
 姉さんは、微笑んでくれた。その笑顔が、私に元気をくれる。小さい時から、そうっだった・・・ 姉さんの不思議な魅力の一つ。

浩之Y
 もうすぐ、現れるだろう。
 静かなもんだ。町民は、郊外へ逃げだすか 家の中でジッと身を潜めているのだろう。
 魔神は、何もせず 一直線にこちらに向かっているのか?
 「怖いくらい、静かね。」
 「そうだな。
 ・・・綾香、怖いか?」
 「怖いよ。すごく怖い。でも、浩之と一緒にいるから。」
 「そっか。」
 俺たちの前に、閉じた城門がある。今回は、意味のないものだ。
 「城門は、開けとくか。」
 「あ、うん。私が、操作するから 浩之はそこにいて。」
 城門は、水の力を利用しているから 一人でも開けられると言っていた。巨大な門を開けるのは、大変だと思っていたが そんなからくりがあると聞いた時は 関心した。
 ギィギィィィィ〜〜〜〜
 軋んだ門が、ゆっくりと開いていく。出来始めた隙間から、城門に遮られていた風が 流れ込んでくる。
 開かれた門から見えた市街は、まるで別世界のようにもみえた。
 「なんか、すっきりしたね。」
 操作を終え、駆け寄ってきた綾香が 城門を見て言った。
 「 ・・・本当に、逃げてはくれないんだな。」
 「うん。」
 笑顔で、応える綾香に 愛おしさがこみ上げてくる。悲しいくらいの笑顔が、眩しすぎる。
 「!!」×2+2
 「来たな。」
 「うん。」
 ビンビンに、一直線に感じる殺気。肌が、ピリピリする。
 城門から市街へと続く主道に、人影がある。ゆっくりと進んでくる。
 「道着を着た女性みたいだな。」
 「見える?」
 「なんとなくな。」
 人に取り付いた魔神が、目の前にいる。なのに、こんなにも落ち着いているのが 面白い。自分が面白いと思ったのは、これが初めてなのかもしれない。それくらい、不思議と落ち着いている。
 刻々と距離と比例して強くなる、圧力。
 口が、乾く。
 手に汗が、滲む。
 自然と、氣が高まっていく。
 「あ・・・ うそ・・・ そんなのって!」
 なにかに動揺する、綾香。
 「どうしたんだ、綾香っ!」
 「嘘でしょ・・・ どうして・・・ 」
 綾香の瞳は、遠くを見ている。それは・・・ こっちへ向かってくる人影を。
 「綾香、しっかりしろっ!」
 「あらあら、どうしちゃったのかなぁ〜。」
 「?!」×2
 バッッッッッ
 俺と綾香は、一足飛びに 元いた場所から離れた。
 「私から声をかけてあげたっていうのに、あんまりね。」
 いつの間にっ。
 「お出迎えは・・・ これだけ? しょぼいわね。」
 見た目は、俺たちと同じくらいの年の少女だ。
 「ふふんっ。ま、いいわ。ちゃちゃっと、終わらしちゃいましょ。」
 「好恵・・・ 。」
 「綾香、殺るぞ。」
 「なぜなの・・・ 好恵・・・ 。」
 「綾香・・・ ?」
 強大な悪氣を放つ少女に、綾香は放心しているようだ。どうしたっていうんだ、綾香。
 「好恵? ああ、この身体の前の持ち主ね。でも、今はこの志保ちゃんのもの。」
 「そんな・・・ どうして・・・ なの?」
 「どうして? ふふっ、好恵って娘は 力を求めた。私は、それに応えてあげただけ。
 馬鹿な娘よねぇ〜。身体を乗っ取られるとも知らず、封印を解くなんて。
 ああ、あなたが綾香ね。すぐに、殺してあげるから。」
 「何言ってるのよ、好恵。」
 「好恵って、おまえの幼なじみのか?」
 俺は、やっと綾香の様子がおかしい原因がわかった。魔神の取り付いた相手が、綾香の幼なじみだったのだ。そいつが、綾香を殺すと言った。なぜだ?
 「殺してあげるって、言ったのよ。封印を解いてもらう代わりに、願いを聞いてあげるという 約束だからね。
 綾香を倒したいって、言ったのよね。だから、殺してあ・げ・る。」
 「させるかっ!」
 やつが、何かをしようとしたのを感じた俺は 綾香に飛びついた。
 「無粋な男ねぇ。苦しまないように、一息で殺っちゃおうとしたのに。 ・・・あら? あらあら、そういうことか。」
 「?」
 倒れている俺を見て、何か変な納得してるぞ。
 「また、私に刃向かってくるなんて 大馬鹿ね。それと・・・ あなたとあなた、魂ごと消滅させてあげるわ。」
 !!! さらに悪氣を膨れさせる魔神に、寒気が。
 「何を言ってるのか、わかんねぇぞっ!」
 「またまた、生きがっちゃって。力の差っていうのを、またわかってないようね。いいわ、特別に教えてあげる。」
 「浩之・・・ 」
 「浩之? また、同じ名前なの? 芸がないわねぇ。
 あなたたちが言う400年前、私に刃向かった王子に”浩之”っていうのがいたわ。あなたは、そいつの生まれ変わり。同じ魂を持ってるもの。
 それと、綾香と向こうのそっくりさん。あなたたちは、私を封印した憎き法術師の生まれ変わり。魂が分離してる分だけ、力が弱いわね。そんなこと、どうでもいいわ。こうして、直接復讐できるんだから。」
 俺が、王子の生まれ変わりだって?
 綾香と芹香さんが、魔神を封印した法術師の生まれ変わりだって?
 俺たちと魔神の因縁が、この場面を作っているのか?
 「 ・・・殺ってやる。好恵の身体を使って、これ以上何もさせない。」
 新たな決意に、綾香は 身を焦がす思いでいるだろう。
 「いくぞっ!」
 俺と綾香は、一気に氣を高める。一撃必殺。一撃に、最大限の力を込めて立ち向かうしか、俺たちには とれる手段がないのだ。
 後方では、芹香さんも 方術に入った。
 「ふふんっ、来なさいお馬鹿さんたち。」
 「余裕をかましていられるのも、今のうちだけだっ!
 くらいやがれっ”龍光撃流”!!」
 「”虎砲火撃”!!!」
 「解呪印界陣!」
 天影拳・天輝拳の奥義が、炸裂する。一撃に氣を込め、相手に打ち込む技だ。
 そして、俺たちの技を有効にするために 芹香さんが防御結界の解放を行う。
 「うおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
 阻んでいた見えない壁が、消滅すると同時に 俺と綾香の拳が突き進む。
 「甘いわね。大甘よ。」
 「なにっ!」
 見えない壁が、俺たちの拳を阻む。
 バシィィッ!!!!!!!!!!!!!!!!!
 俺たちの技は、無惨にも 結界の前に弾き飛ばされた。俺たちの渾身の一撃であったはずの奥義は、魔神には通用しなかった。
 「うそっ、姉さんが結界を解いてくれたはずなのに。」
 綾香は、信じられないという顔をしている。もちろん、俺も技が通用しなかったことが 信じられない。
 「ふふんっ、私の結界が 一枚や二枚だと思っていたの? 多重結界に決まってんじゃない。」
 「くっ・・・ 。」
 「もう来ないの? じゃ、私から行くわね。志保ちゃんパァーンチッ!」
 信じられない力が、俺たちを襲ってくる。防ぎきれるのか。
 「”氷楯”!」
 「浩之!」
 俺は、綾香の前で 瞬時に防御印を発動させた。身体に刻まれた方印を、氣により 呪文を用いずにつかうことのできる 天影拳の奥義の一つ。空気中や地中の水分を集め、氷結させて攻撃を防ぐのだ。
 !!!!!!!!!!!!!!!!
 音もなく、氷は砕け散った。
 「くそぉっ!」
 俺は、完全に防ぎきれず 吹っ飛ばされた。なんという威力。それでも、かろうじて綾香は守れたようだ。
 「あらあら、まだ生きてる。しぶといわねぇ。並の人間なら、死んでるのに・・・ ちょっと手加減しすぎちゃったかしら?」
 圧倒的な力の差。あれで、手加減したというのか。
 「浩之、だいじょうぶ?」
 「ああ、なんとかな。」
 そう、なんとかだ。なんとかしないと・・・ やつが、本気を出す前に なんとかしないと殺られる。
 「もう、終わり?」
 「言ってろっ!」
 俺は、立ち上がり 氣を高める。
 「無理しちゃってぇ。いくらやっても、無駄なのにね。」
 「うるせぉっ、”龍翔破弾”!」
 両腕から放たれた氣が、龍の形となって 結界を食い破る。
 「はぁ〜、そんなんで 全部突破できると思うの?」
 あっけなく、龍は消滅してしまった。
 「だから、言ったのに。まあ、無駄なんだけど 全部やってみそ。」
 「浩之、姉さんが大きな方術を使うから 時間を稼いでって。」
 そう言われて、芹香さんの方を向くと すでに術に入っている。
 「ああ、わかったよ。」
 「 ・・・ごめんね、浩之。」
 「?」
綾香の一言が、妙に心に引っかかる。
 だが、時間稼ぎなどではなく 殺るために そのことを無視する。
 「お別れは済んだかしら。」
 「済んでねえよ!」
 俺は、ゆっくりと呼吸を整え 全身に氣を張り巡らせる。
 「後ろで何かやってるようだけど、あの女の半分もない力では どうにもできなくてよ。
 まあ、あったにしろ 無駄なのよねぇ。」
 「くらいやがれっ! 天影拳最終奥義”四神宝華”!!!」
 四神とは、玄武・白虎・青龍・朱雀の 四門を守る聖獣のことだ。
 方術による完全分離の4つ身分身を作りだし 4種の奥義を同時に繰り出す 肉体を究極まで使う。すなわち、使用後は ほぼ行動不能に陥る。
 もう、この技しか 天影拳では対抗しうるものはない。これで仕留めなければ、綾香たちさえ守れない。
 魔神を中心として、4色の光が 輝きが包んでいく。そして、一つに収束し 巨大な柱となって 天に駆け上がっていく。
 手応えは、あった。
 「ハアハア・・・ やったか?」
 全身が熱い。過熱している。
 立っているのが、やっとの身体を 内氣功で回復をはかる。
 「浩之・・・ やったの?」
 「手応えはあったんだが・・・ 」
 「そうねぇ、一発はもらっちゃったけど そんなんでこの志保ちゃんを倒せると 思ってたの?」
 「?!!!」×4
 「前とは違うところは、見せてもらったけど 無駄だったわね 王子様。そろそろ、終わりにしちゃいましょ。」
 そう言った、おつの悪氣が膨れ始めた時 俺の後方で方術の発動を感じた。
 「 ・・・ 月の雫は盃を満たし 聖なる衣を白銀に染めん・・・ 」
 「はぁ〜、懲りない人たちね。」
 大がかりな方術を行おうとしている、芹香さん。ザワザワとした、嫌な不安が背筋を走る。
 「私が、守ってあげるよ。 ・・・さようなら。」
 そう言った綾香は、発動中の方術印の方へと走っていく。
 さよならって・・・ どういう意味だ? ま・・・ まさか・・・
 「やめろっ、綾香ぁっ!」
 俺の叫びを無視して、綾香は芹香さんの方術に助力する。
 「馬鹿な二人。昔と同じ術が、私に効くと思っているのかしら?」
 昔と同じ術? 昔と・・・・・・
 パキィンッと、何かが弾けたような感覚の後 俺は思いだした。
 二人にダブッて見えた女のことも、自分の前世からの目的も。
 「やめろぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!」
 二人とも、命を賭けているのに なんで そんなに微笑んでいられるだ。あの時も、あかりは微笑んでいた。そんなことをして、俺が嬉しいと思っているのか。。。
 「ごめん、浩之。約束、守れそうにない。」
 「私には、こうするしか 浩之さんを守ることができないです。」
 二人の言葉が、声でなく 頭に直接に伝わってくる。
 「ふざけるなっ!!!!!」
 俺の両手の甲の方印が輝き、腕を伝い 身体全体へと広がっていく。俺の氣が、渦巻き噴き上がっていく。
 パキィィィィンッッッッッ!!!!!!!
 「!?」
 「あっ!」
 俺の気勢が、封印呪縛の方術を打ち破った。
 「俺は、なんの為にここに戻ってきたと思ってるんだ。」
 「私に、また倒される為ね。その前に、そこの二人を血祭りにしてあげる。」
 坂下という女性に取り憑いた魔神志保は、俺たちが倒されるのが当たり前のように 見下す。
 「そんなことは、させるかぁっ!! 今度こそ、守ってみせるっ!!!」
 「できるわけないわ。だって、私は神だもの。人間のお前に、倒すことなど不可能ね。」
 「人間の力を、想いを、みくびるなっ! 葵、緋炎剣をっ!!」
 「はい、兄様!」
 葵が、大事に抱えていた剣を 俺に投げ出した。故郷の秘剣、村の一族が命がけで伝えてきた神剣。
 「拳がダメだから、剣に頼るってわけね。そんなもの、私にとって同じ事。お前は、私に近づくことさえできないわ。」
 「ほざいてろっ! 葵、二人を頼む。」
 「わかりました、兄様。」
 方術を解かれた反動か、綾香と芹香さんは 弱々しく身体を引きずっている。葵は、二人に駆け寄ると 小さな結界を張って 対処した。
 俺は、鞘から剣を引き抜くと 地面に突き刺した。
 「神氣発頸・・・ ハアアアアァァァァァッ!!!!」
 剣に添えた両手に、氣を集める。
 「浩之の氣の質が、変わった・・・ そんなことできる人間がいるの?」
 俺の氣を受け、剣が発動する。緋色した剣身が、輝き始める。
 「それは、まさかっ?! やらせるかっ!」
 剣を中心に光の輪が、一気に広がる。輪が通過した後には、地面に金色の方印が書かれていく。
 俺は、力の限りを 剣に注ぐ。
 さらに、光の輪が強く輝く。

綾香Z
 自分の情況が判らないなんて・・・ 混乱していたの? 戦いの最中なのに。
 「何?」
 私は、自由の利かないのが悔しい。浩之が、これからすることをはっきりと見れない。
 「綾香さん、だいじょうぶですか?」
 「葵、浩之は何をしたの? 氣の質を変えられるなんてこと・・・ まったく別物じゃないの。それに、この光・・・ あの好恵が発している氣と、正反対。」
 さっきまでの震えるほどの恐怖と違い、安心できるというか・・・
 「兄様は、秘術を使おうとしています。」
 「あれが?」
 「私も、ほとんど知りません。ただ、あの神さまから授けられた緋炎剣が 鍵と言っていました。」
 「それが・・・ この光。」
 私は、地面に画かれていく 金色の方印を見た。始めてみる儀式。
 相手を叩き斬る剣でなく、術のための神剣。
 それを使う浩之が、手の届かないところに行ってしまうような気がしてならない。胸騒ぎがする。
 私は、力の限り 浩之に手を延ばした。届かないのは、わかっている。でも、浩之に触れていないと 二度と触ることができないような気がしてならない。
 「綾香。」
 延ばした私の手に、姉さんが手を重ねる。姉さんも、同じ気持ちなのだろうか?
 「兄様が・・・ あの術を使う以上、負けることは決してありません。」
 「えっ?」
 葵は、私たちの方を向かず 耐えるようにそう言った。
 「どういうこと・・・ なの?」
 私たちが、こうしている間にも 法印は光の輪を広げ 完成に近づいていく。
 「知ってるんでしょ?」
 「 ・・・もう、止められないんです。」
 その言葉で、私は浩之が消えてしまうことを悟った。
 「いやぁっ、浩之ぃ!」
 私は、胸の中の想いを全て吐き出すように 叫んだ。
 私の前から、愛した人が消えてしまう。
 私を包んでくれた人が、いなくなってしまう。
 涙が溢れて、あの人が曇って見えない。
 「?」
 私の声に振り返った彼は、微笑んでいた。優しい顔をしていた。まるで、子供をなだめるような。
 そして、光が 辺りを包み込んだ・・・ 。
 方印が、完成したのね。
 でも、何も見えない。白い光があるだけ。
 その中で・・・ 私は・・・ 夢を見た。

 「浩之ちゃん。」
 「ちゃん付けは、やめろって言ってるだろ。」
 「だって・・・ 浩之ちゃんは浩之ちゃんだし。」
 「俺たち、もうすぐ結婚するんだから それなりの呼び方があるだろが。」
 「う〜〜ん・・・ じゃあ、結婚したら変えるよ。」
 「 ・・・たく、しょうがねえやつ。」
 「あはは。」

 「浩之ちゃん・・・ ごめん。」
 「バカヤロー、やめろっ! やめるんだぁっ!!」
 「できないよ。そんなことしたら、浩之ちゃん・・・ みんなが死んじゃう。」
 「だからって、お前だけがいなくなってもいいのか?」
 「ごめんね。でも、浩之ちゃんには 生きてほしいから。」
 「ふざけるなっ! お前がいなくて、何の意味があるんだっ!!」
 「嬉しい。私だって、浩之ちゃんと ずっと一緒にいたかった・・・ 」

 これは、夢なのかな?
 これは・・・ 記憶?
 好恵に取り憑いた魔神は、私が・・・ 私たちが伝説の方術師の生まれ変わりだっていった。その通りだと、今見たのは 前世の記憶ってことになる。幸せだった時と、別れの時の。
 姉さんも、これを見ているんだろうな。
 私たちは、同じ事を繰り返していたんだ。でも、今度は 浩之が何かをしようとしている。
 もし、私たちを守る為に 命を投げ出しているのなら 止めさせたい。今の私には、浩之がいない世界など考えられないの。浩之と笑って、泣いて、喜んでいきたい。

 「綾香さん、芹香さん。」
 葵が、私たちを揺らした。
 「だいじょうぶですか?」
 何が、だいじょうぶなんだろう。
 「葵・・・ ?」
 「綾香さん、兄様が・・・ 。」
 「あっ、浩之。」
 私は、夢の中から 現実に戻った。そして、目の前には金色の氣を噴き出して 魔神の取り憑いた好恵と対峙する浩之が。
 金色の氣は、私には優しく温かく感じる。でも・・・
 「止めてよ。」
 「無理です。もう、神様が兄様に降りて来ておられます。」
 「神様?」
 「そのようなことができるのですか?」
 目を覚ました姉さんが、言った。神様を降ろすって意味、私にはピンとこない。でも、姉さんはわかったみたい。
 「あの秘術を使うには、巫人としての素質も必要だと 兄様は言っていました。だから、実際にあの術を使うために 神様と契約ができたのは数人しかいないとか。」
 浩之が、希有な存在ということは わかるけど。
 「でも、生身の人間が 自分の意志で神様を降ろすということが どれだけ負担になるのか・・・ 」
 顔色を曇らせる葵に、本当に何もすることができないとわかった。それは、きっと私の前世の時 浩之の前世で感じた気持ちだと思う。
 無力さ。
 ただ、見ていることしかできない 自分への苛立ち。
 ただただ、これから起こることだけを 見守るだけの存在。
 もう、泣けない。泣いたら、浩之の姿が見えなくなるもの。あ、さっきと同じ事を言ってる。
 私は、目を擦って 涙をぬぐった。
 「不思議な気持ちです。」
 姉さんも、信じているのかな? 浩之が、戻ってきてくれるって。姉さんの顔を見ていると、そう思える。
 「本当に不思議な氣。」
 私たちの迷いさえ、包んでくれるような氣。癒してもくれてるような。
 「兄様・・・・・・ 。」
 私たちへの声は、もう浩之に聞こえないだろう。

 浩之Z
 俺を消してしまいそうな巨大な力が、俺の内にある。天影拳の秘術技”神降ろし”によって。
 「おまえなら、この力の差ぐらい判るだろ?」
 「うっ・・・ 」
 「大人しく魔界へ帰るか・・・ さもなくば・・・ 」
 「嘘よっ! はったりに決まってるわ。だって、人間が神を降ろせるわけないもの。」
 わかっていても、認めたくないのは わからないでもない。が、それは 奴が人間である俺たちにみせていたものだ。
 「志保ちゃんキィーーークッ!」
 「無駄だ。」
 バシィッ!
 俺が張る超多重結界の前に、その攻撃はあっけなく阻まれる。
 「きゃあっ・・・ 」
 結界に阻まれ、攻撃した力は 本人へと跳ね返る。
 歴然とした力の差は、絶望の淵へと立たせる。それは、俺も感じたことだ。だから、このまま大人しく引き下がってくれることを思う。
 「どうするんだ?」
 俺は、吹き飛ばされ 地に伏している奴に 問いかけた。
 「くっ・・・ 。」
 さっきまでの立場とは、逆転し 俺が見下している。
 「力の差は、歴然だろが。それでも、戦うか?」
 「殺るがいい。その力なら、瞬殺できるでしょ。」
 「あくまで、消滅を望むのか?」
 「情けなんていらないわ。腐っても、魔族よ。」
 おとなしいものだ。あれほどの威勢を、放っていたのにな。
 それ程に、奴と俺の内にある神との格の違いがあるのだ。
 「 ・・・しかたないか。」
 わかっていた答えだ。
 俺は、押さえていた神氣を解放した。一般人なら、まず氣に当てられ 金縛りにあうだろう。鍛えられた者でも、無理か。魂をも凍らせる程の氣だからな。
 「あの王子が・・・ こんな力を身につけて帰ってくるなんて、思いもよらなかったわ。あの時、始末しておけばよかった。私の失敗ね。」
 魔神志保は、完全に諦めて 来るべき結末を待っている。
 「天地神拳 天地爆裂連撃!」
 坂下という女性に取り憑いていた魔神の霊核を直撃し、消滅させる。二度と再び復活することもない、完全なる死だ。残された憑依者の身体が、駒送りのようにゆっくりと崩れ落ちる。
 全てが、終わった。
 「好恵〜〜〜っ!」
 後ろから、綾香が叫ぶ。
 「心配ない。気を失ってるだけだ。じきに、気が付く。」
 「本当?」
 「ああ。」
 「よかった。」
 綾香の安堵の声。
 俺は、彼女たちを守れたんだ。それだけで、満足だ。
 あ・・・ 足がふらつく。もう・・・ 限界みたいだぜ。
 「神様、愛する人たちを守れたこと 感謝するぜ。」
 俺は、そう言うと 再び緋炎剣に両手を架け 秘術技の解除を行った。
 輝いていた金色の方印も、光を薄め 消えていく。
 そして、全ての光が消え去った時 俺の力も・・・ 抜けていった。
 重力に耐えるだけの力も残っていない。
 生きる為の力さえ、消える寸前だ。
 だけど、満足感だけはある。
 「やっと・・・ 終わった・・・ 」
 ドサッ
 「あっ・・・ あっ・・・ いやっ・・・ 嫌だっ、浩之ぃ〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」
 薄れいく意識の中で、綾香の悲鳴を聞いたような気がする。
 ’すまんな、綾香。’
 それだけ思うと、俺の意識は 深淵に沈んでいった。

綾香[
 「いやっ、いやっ、浩之・・・ 浩之ぃっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 やっと体力の回復した私は、崩れるように倒れた浩之に向かって 走り出した。
 全てが終わったはずなのに、どうして?
 「浩之っ、起きてよっ! 目を覚ましてよぉ〜っ!!!」
 少しも動かない浩之。
 浩之を抱き上げても、何も反応がない。少しずつ失われていく温かみ。少し前まで、あんなに温かい氣を放っていたのに 空の瓶のようになにもない。
 「兄様っ!」
 「浩之さん・・・ 。」
 葵と姉さんもやってきて、声をかける。
 でも、誰の呼びかけも届かないの?
 私たちは、ただ浩之の為に泣くことしかできないの?
 誰か、教えてよ・・・・・・
 「お願いよ・・・ 浩之を生き返らせて・・・ 誰でもいいから・・・ 」
 そんなことが出来る人なんていないっていうことくらい、知っている。
 でも、勝手に口から漏れてしまう。
 「兄様・・・ 私、これからどうしたらいいの? 私には、家族なんていないのよ。兄様に、教えてもらうこと まだたくさんあったのに。兄様に言いたいこと、あったのに。」
 「浩之さん・・・ 悲しいです。温かいあなたに触れられないことが、とても辛いです。」
 私たちが、どんなに嘆き悲しんでも 浩之は戻ってこない。
 奇跡なんて、起こらないから。起こらないから、奇跡なのよ。
 もう、希望を 夢を見ることもできないよ。
 愛する人がいないんだから、意味がないのよ。
 ・・・生きていくのも・・・ 嫌。
 私は、抱えていた浩之の身体を ゆっくりと地面に降ろした。
 穏やかに、満足した笑顔をしているのが 私には辛い。姉さんも、葵もだと思う。
 私は、立ち上がると まだ地面に刺さったままの緋炎剣に手を架けた。
 ズッ
 剣を地面から引き抜くと、ジッと剣身をみた。
 緋色の剣身に、びっしりと文様や始めて見る文字が 象眼されている。
 「 ・・・綾香さん、なにを?」
 私の行動を、不信に思ったのか 葵が見上げている。
 「ごめんね、葵・・・ 。」
 私は、剣を高く振り上げると 自分のお腹めがけて振り下ろした。
 ズクッ!
 剣が、私を貫く。不思議と痛くない。
 「 ・・・あっ。」
 「?」
 二人とも、目を大きくして 私を見ている。
 「ごめんね・・・ 勝手な事して。」
 また、涙が私の頬を伝い落ちる。
 これで、浩之のところに行けるかと思ったら・・・ さらに、涙が止まらないよ。私って、泣き虫なんだ。
 「あ・・・ 綾香さん、どうして?」
 「??」
 剣は、私を確実に貫いている・・・ なのに、痛くない・・・ どころか 血さえでていない。普通なら、血が噴き出して 私の命を奪ってくれるはず。それなのに、全然血が流れていく気がしない。
 ただ、何かをお腹に押し当てたような感覚だけ。
 「綾香さん?」
 普通なら、身体が崩れ倒れるのに 何も次の動作が起こらないのを 不思議に感じているのだろう。
 私は、剣の刺さっている部分に 手を持っていった。
 確かに、剣は私の身体に刺さっている。だけど、一滴も血が流れ出たような ベットリとした感じがない。
 触っていた手を見ても、何も付いていない。

 ”とに、もうちょい考えて行動しいなっ!”

 ?!
 いきなり聞き慣れない方言が、聞こえてきた。それは、姉さんや葵にも聞こえたようで 周りを伺っているけど 誰もいない。

 ”うちは、あんたらの頭の中へ 直接話しかけているんやから 周りを見ても無駄やで。”

 その声が聞こえ始めてから、刺さっている神剣から温かいものを感じる。

 ”しゃあないな、人間っちゅうのは何か形あるものを見んと 不安になるもんやからな。”

 その声がすると同時に、神剣が輝き 私の身体からゆっくりと自ら抜けていく。
 「えっ!?」
 神剣が抜けていくのに、何も感じない。初めから、何もなかったかのように。
 抜け去った後も、私の身体には 何もなかったかのように 傷の一つもなかった。
 私から離れていった神剣は、輝きをわずかに増して 私たちの目の前の空間に浮かんでいた。

 ”あんたらには、私たちの姿を直接見ることは できへん。せやから、この神剣をうちやと思ってもらうしかない。”

 ・・・ ・・・

 ”あ、紹介がまだやったな。うちは、東方を守護する最高神の一人や。そして、浩之と契約してたんも うちや。”

 ・・・ ・・・

 ”んっ、どうしたんや? そない、目ん玉ひん剥いて?”

 私たちは、びっくりしていただけ。わかったけど、それを認知するのに戸惑っている。
 「 ・・・神様なの?」
 その一言を、やっと口に出せた。

 ”せや。今回のことで、この土地の守護しとる者からも 礼を言うといてと頼まれてな。そんで、あんたらの前にでてきたんやけど・・・ 綾香姫、あんたの取った行動は ちいとばかり関心せんな。そんなことして、誰も喜ばんやろ?
 悲しむ者が、増えるだけや。”

 その通りだけど・・・
 「浩之のいない世界なんて、私には意味がないものだから。」

 ”それが、あかんのや。物事は、ちゃんと見定めんとあかんで。”

 「だって、浩之が死んじゃった。」

 ”それが、浅はかなんや。ちゃんと、最後まで確認するんやで。
 浩之は、死んではおらへん。一分間に一回ないくらいで、心臓は動いている。いわゆる仮死状態っちゅうやつやけど、もちろんこのままではいずれ死んでまう。”

 生きている? 本当に? 嬉しい。でも・・・
 「どうすれば・・・ いいの?」
 嬉しいけど、喜べない。

 ”本当なら、こういうことに一切関わらへんのが うちら神の決まりなんやけど 今回は特別っちゅうことなんやで。
 うちらの監視をすり抜けて、悪神の一人が 人間界で悪さしてしもうたさかいな。悪神言うても、あれは下の中くらいの者やけどな。それでも、人間にとっては 天と地ほどの差があるわな。”

 あれで、下位級なの? だったら、この神様はどれくらいの力を持っているんだろう?

 ”せやから、まあ ご褒美っちゅうことでな。
 これから、うちが言うことを聞くんやで。”

 「はい。」
 姉さんや葵も、相槌を打っている。それは、希望への入り口だと わかっているから。

 ”結界の中で、綾香姫、芹香姫 あんたらの生気を浩之に与えるんや。浩之が目覚めるまで、ずっとやで。”

 「どうやって?」

 ”簡単なことや。裸になって、肌を密着させるだけでええ。それは、誰でもええんとちゃう。相思相愛の者同士やないとできへんのや。ただしや・・・ 。”

 「ただし?」

 ”何かを得るためには、見返りや犠牲が必要なことがあるってことなんや。
 綾香姫、芹香姫、あんたらの腹の中には 浩之との子供がおる。浩之を助ければ、子供を育てる力が失われ 子供は流れてしまうっていうことなんや。”

 「私と姉さんの中に、浩之の子供が?
 でも、浩之を助けようとすれば 子供が死んでしまうなんて・・・ どうすればいいんですか、神様?」
 私だけじゃない、姉さんもこの選択では 決めることができないと思う。

 ”どうにも、できないんや。”

 「そんなぁ・・・ 」
 私たちは、どちらを取っても 絶望的な結果なのに。
 「 ・・・私じゃ、代わりになれないですか?」
 今まで、黙って話を聞いていた葵が 口を開いた。

 ”んっ・・・ それでいいんなら。”

 「葵・・・ いいの? それに、あなたたち兄妹でしょ?」
 兄妹で愛し合うなんて、考えられなかった。それに、浩之が葵のこと どう見ているかもハッキリとはわからない。
 「私は、兄様のこと 愛しています。兄様は、私のことどう思っているか知らないですけど。
 心配しないでください。私と兄様は、本当の兄妹じゃありませんから。」
 「えっ?」
 「私は、小さい時に本当の親に 捨てられたみたいです。山奥で泣いているところを、父様に拾われて 兄様の妹になったんです。だから、なにも問題はないですよ。」
 そう言った葵は、苦笑いをした。それは、私たちに遠慮していたことを判らせるのに 十分だった。
 浩之と二人で旅をしていた時は、側にいるだけで想いを伝えなくてもよかったかもしれないけど 私たちが浩之を取ってしまったからは 辛かっただろうに。それを顔にも出さず、耐えてきたなんて・・・ 私にはできないこと。
 「私は、綾香さんや芹香さんに 嫉妬してました。綺麗だし、お姫様だし、私には無いものをいっぱい持っていました。
 でも、嫌いになれなかったんです。二人に、憧れていましたから。
 だから、兄様との子供の代わりになら 私は代わってあげられると思いました。それだけです。
 ・・・その、私が兄様のこと愛してる事は 兄様には黙っていてくださいね。知られると、私 居辛くなりますから。」
 真っ赤になって、葵は 俯いてしまった。葵にとって、秘密にしておきたいことだろうけど 私は違うと思う。私は、言葉で伝えるということを わかったから。
 でも、それは私が教える事じゃない。葵が、自分で気づいて言うまで 私は見ていてあげる。
 「葵さん、ありがとうございます。大変ですけど、よろしくお願いします。」
 「はい、芹香さん。」

 ”決まったようやね。それじゃ、芹香姫 儀式の結界と方法を教えるから ちゃんと覚えるんやで。”

 「はい、わかりました。」
 「神様、ありがとう。」
 私は、本当に感謝している。光を失わずに済んだこと。闇に囚われずに済んだことを。

 ”言ったろ、ご褒美やって。それだけのこと、あんたらはしたってことや。”

Ending
 「兄様、本当にいいのですか?」
 何度も言う、葵。城の中では、ずっと答えずにいた俺に 苛ついているな。
 「ああ。俺は、王になるって器じゃないぜ。それに、城の中って 思っていたより窮屈だ。」
 「それだけで?  ・・・兄様、本当のこと言ってください。」
 俺は、葵から目を反らし 城の方を見た。
 「芹香さんや綾香さんのこと、どうするつもりなんですか? あんなにも、兄様のこと愛しているのに。兄様は、二人のこと・・・ 」
 「俺も、綾香と芹香さんのこと 好きさ。でもな、だから俺はここに居ちゃいけないんだ。」
 「どういうことですか?」
 「 ・・・ 」
 俺は、城に背を向け歩き始めた。
 「 ・・・俺がいると、この国は不幸に見舞われる。」
 「そんなことないです! だって・・・ 」
 「強すぎる力は、不幸を呼ぶんだ。」
 「強すぎる力・・・ 天地神拳のこと?」
 「強い力は、力を呼ぶ。それは、こちらが望まなくても お構いなしだ。」
 「でも・・・ 」
 「俺自身や家族くらいは、守れるだろう。だけど、王となって 何千・何万もの人の命を守ることはできないんだ。」
 「この前は・・・ できました。」
 「あれは、たまたまだ。」
 「 ・・・・・・ 」
 葵は、黙ってしまった。
 「今は、まだ決心がつかないんだよ。」
 「でも、どうして・・・ 。」
 「それじゃ、いつまでたっても 終わらないぜ。」
 「 ・・・うん。」
 「一度、報告がてら 倭の国へ帰るだけだ。それに、みんなの墓もちゃんと作ってやらないとな。生き残った俺たちが、忘れてしまったら 誰がみんなのことを覚えているんだ?」
 「そうですね。」
 「墓前に報告して、やることをやったら戻ってくるさ。」
 「うん・・・ 」
 葵は、何かを悩んでいるみたいだ。何かを、言い出せないようだ。
 「あ、あのね兄様・・・ 」
 決心したのか、葵が口を開いた時 俺たちの前に 遮るように馬車が立ちはだかった。
 「なんだ?」
 「黙って行くなんて、非道いわね 浩之。」
 幌付き馬車の中から、聞き慣れた声が聞こえる。
 「浩之さん、姫様たちが悲しみますよ。」
 「浩之さぁ〜ん、こんにちわです。」
 「セリオにマルチ!?」
 そうなれば、馬車に乗っている人物は 決まってくる。
 「逃がさないわよ。」
 幌の中から、顔をヒョコッと覗かせて 綾香が言った。
 「墓参りに行くんだ。だから、綾香たちを連れてはいけないんだ。」
 「私たちのことを、浩之のご家族に紹介できないんだ。」
 「そう言う意味じゃない。行って戻ってくるのに、最低2年はかかる。そんなところへ、連れていけるかっ!」
 「浩之さん。」
 芹香さんも、幌の中から顔を覗かせた。
 「私たちは、待てますけど・・・ お腹の子供たちが不憫です。」
 「はっ?」
 「私たちのお腹の子を、父無し子にするつもりなんですか?」
 「お腹の子って・・・ ?」
 「たしかに、あなたの子供よ。なんたって、神様の公認なんだから。」
 「 ・・・ ・・・ ・・ ・ 」
 なんか、頭の中が真っ白に・・・
 「兄様、黙っていてごめんなさい。でも、本当のことなんです。」
 「 ・・・・・・そ・・・ そうか。」
 俺が、父親か。まだ、先のことだと思っていたぜ。 ・・・とにかく、気持ちを整理しんと。
 「私たちは、これから もっと幸せになるの。だから、浩之の側から離れたりしないわよ。」
 「どうかしましたか、浩之さん?」
 「 ・・・幸せすぎて、立ちくらみが。」
 なんとなく足元が、不安定な感じがする。
 「嘘ばっかり。認めたくないだけでしょ。」
 「うっ・・・ まあ、本当なんだろうから・・・ 城に戻るかな。あはは。」
 「それは、ダメよ。だって、書き置きをしてきちゃったもの。」
 「あ、綾香ぁ。」
 なんで、こうなるんだ? 俺は、彼女たちをこの国を不幸にしたくないから 消えようとしているのに。
 「浩之、あんた 自分がいると私たちが不幸になるって 思っているでしょ?」
 「!?」
 「私たちにとって、浩之さんが側にいないことが 不幸なんです。それに、幸福か不幸かを決めるのは 周りの人たちなのですから ご自分でお決めになるのはどうかと思います。」
 俺のことを慕ってくれて、言ってくれるのはわかる。それは、嬉しい。
 だが、自分たちの身の危険までは 考えていないように思える。
 「俺は、二人が好きだから 愛しているから置いていくんだ。それさえ、わかってくれないんだな。」
 「浩之の方こそ、私たちのことわかってないわよ。」
 重い空気が、漂う。
 「女っていうのは、淋しがり屋なの。忘れたの?」
 「ああ。」
 「浩之が、私たちを置いていったら 淋しくて淋しくて死んじゃうかもよ。それに、嫉妬深いから 戻ってきても浩之のこと許さないかもよ。」
 「脅かしたって、無駄だぜ。」
 「んもう、少しは男の甲斐性ってものを 見せてよね。そんなんじゃ、この子も可哀相だわ。」
 そう言った綾香は、下腹部を愛おしそうに撫でている。すごく女らしいというか、お淑やかになった気がする。
 そう言えば、あれから 激しい運動をあまりしなくなったような気がする。それは、これが原因だったんだな。
 「 ・・・で、俺にどうしてほしいんだ?」
 俺が、降りるしかないんだよな。意地を張ったって、付いてくるんだろうし。何時までも押し問答してても、埒があかない。
 「側にいて、守ってほしい。 ・・・それだけよ。」
 ぬっ、そんなことをサラッと言えるとは・・・ こっちが、恥ずかしいぜ。
 「 ・・・・・・もし、連れていってくれないんだったら 許さないんだからっ!」
 「はい?」
 急に、声色が変わって 迫力がある。びっくりしたぜ。
 「極悪人として、世界中に指名手配してあげる。生きて帰ってこられるか、楽しみだわね。そうそう、懸賞金も掛けた方が もっと有効ね。」
 「ちょ、ちよっと待て!」
 「なぁに?」
 「うっ・・・ 。」
 背筋に、ゾクッとしてものを感じた。やばい・・・ 綾香なら、本当にやりかねん。
 「あの・・・ 綾香さん?」
 「んっ、なにかな浩之さん?」
 うっ、ダメだ。完全に、綾香の流れにはまった。
 「一緒に行こうか。」
 「 ・・・どういうことかしら? ふふっ。」
 はぁ〜、悪魔の微笑みだよ。
 「俺が、綾香と芹香さんを守る。だから、一緒に俺が育った国へ行こう。」
 「 ・・・それだけ?」
 「墓前で、俺の大切な人たちだって 紹介するよ。」
 「よろしい。でも、抜けてる事があるわよ。」
 「なんだ?」
 「私と姉さんだけじゃなくて、葵もセリオもマルチも守ってあげて。私たちの大切な人たちなんだから。お願い。」
 「 ・・・たく、当たり前だろ。わかったよ、約束する。」
 「ありがと、浩之。愛してるわ。」
 これって・・・ 幸せなんだよな。不幸なのかもしれない・・・ のかな?
 とにかく、やれるだけやってみよう。いつか、幸福なのか不幸なのか気づく時があるさ。気づかされることもあるさ。
 だから、それまでがんばってみるか。
 「さて、行こうか。」
 「はいっ!」×5

End

Epilogue

 拝啓
 お父様、お母様 お変わりありませんでしょうか?
 綾香は、元気です。もちろん、姉さんも元気です。
 早いもので、私たちが旅に出て 半年が過ぎてしまいました。
 今は、浩之の祖国倭の国まで 後わずかの所まで来ています。
 でも、しばらくは ここに留まることになります。海が荒れる季節に入ってしまって、渡ることができないのもありますけど 私たちがそろそろ臨月を迎え 無理は出来ない状態です。
 お城みたいにはいきませんけど、家を借りて住んでいますよ。お腹がおおきくて、そちらにいた頃のようには走り回れませんけど 家の中を動き回っています。やっぱり、ジッとしていられない性格は 直らないようです。
 あ、料理も けっこう作れるようになりましたよ。
 姉さんは、途中寄った国で手に入れた術書とかで 毎日生き生きと勉強しています。あんな姿の姉さんを見たら、きっとお父様たちはびっくりしますよ。

 それにしても、もうすぐ母親になると思うと 不思議な気持ちです。お母様も、こんな気持ちになったのでしょうか?
 お母様たちにお会わせできるのは、まだまだ先のことになるでしょうけど 楽しみに待っていてくださいね。きっと、元気な姿で お会いいたしますから。

 それでは、おからだにお気をつけて お過ごしくださいませ。

                                 綾香より

 「なんだ、手紙を書いてたのか。」
 「あ、お帰りなさい。」
 「ああ、ただいま。」
 「城を出てから、一度も書いてなかったしね。ちょっと、望郷かな。」
 「そっか。で、どうやって送るんだ?」
 「姉さんが、この手紙を式神にしてくれるって。そうすれば、ずいぶん速く届くからね。」
 「なるほど。」
 「それで、今日はどうだった?」
 「楽勝だぜ。」
 「本当なら、私も手伝いたいんだけど・・・ 。」
 「無理はしてないんだから、いいって。それに、綾香は綾香じゃないと できないことをしてるんだからな。」
 「ん、ありがと。」

 追伸
 私たち、いまでも すごく幸せです。きっと、これからもです。

Fin

Fin

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