「私、本当に藤田さんと出会えて 幸せです。」
 あれから、本来の姿であった活発で明るい女の子に戻ったと思う 琴音ちゃん。
 いつも、屈託のない笑顔で 俺にすり寄ってくる。そう、猫みたいに。
 「何度も、聞いてるよ。」
 「何度も、言いたいんです。私の心を救ってくれた浩之さんに、感謝していますから。」
 琴音ちゃんは、あの悩んで 独りぼっちになっていた頃の空いてしまった透き間を埋めようとしているのかもしれない。
 「そっか。でも、ちょっと大げさたぜ。俺は、琴音ちゃんのことが気になったから 助けたに過ぎないって。」
 俺は、琴音ちゃんの頭に”ポンッ”と手を乗せ なでなでする。
 「あっ。。。」
 首根っこをつかまれた子猫のように、おとなしくジッとしている 琴音ちゃん。
 「でも、琴音ちゃんががんばらなかったら 俺だって命をかけれたかどうか わかったもんじゃないぜ。」
 「そんなことないです!」
 俺の手の下から抜け出すと、琴音ちゃんは振り返った。
 「藤田さんだから。藤田さんだったから・・・ 私・・・ あっ!」
 突然、何かを感じたのか 声を高くあげた。
 「どうした?」
 「向こうから、泣き声が・・・ 女の子みたい。」
 「俺には、聞こえないけど。」
 琴音ちゃんの指し示した方に耳を傾けても、泣き声など聞こえなかった。
 「聞こえるんです!」
 その声が、聞こえるという方向に駆け出す 琴音ちゃん。
 「ちょ、ちょっと待てよ!」
 俺は、あわてて後を追った。
 真夏の日射しの中、緑濃い公園の中、蝉時雨の中を 駆けて行く。
 俺は、前を行っていた琴音ちゃんに すぐに追いついた。俺の方が、脚が速かったということもあるけど 事ちゃんの走り方がぎこちないのもあっただろう。足をケガしていてというよりは、何かを守るような 転ばないように気を付けているような そんな走りだった。
 「あそこっ!」
 「えっ?」
 本当に、女の子が泣いていた。
 よく見ると、もう一人子供がいる。呆然と、泣いている女の子を見下ろす男の子だ。
 「どうしたんだろ?」
 「ええ・・・ 」
 琴音ちゃんは、不安そうに見ている。
 男の子が、不意に上を見た。困った顔をして、見上げている。
 「藤田さん、あそこっ!」
 子供達の上に張り出した枝に、小さなポシェットが引っかかっている。
 「たぶん、男の子が悪戯したんだな。しょうがねぇな。」
 俺が、ちょっとジャンプすれば取れそうな高さに ポシェットはあった。
 「藤田さん、私がやります。」
 そういうと、琴音ちゃんは 両手を堅く組むと 目を閉じた。
 意識を集中しているのが、感じられる。
 俺は、ただ琴音ちゃんのすることを見ていればいい。初めて会った頃の、あの超能力を呪っていた琴音ちゃんの影は まったくない。安心して見ていられる。
 ポシェットが、ゆっくりと音もなく 枝から浮き上がった。
 「・・・」
 不思議そうに、男の子が見ている。
 行方を見守っているかのように、喧しく鳴いていた蝉も 鳴くのを止めている。
 ゆっくりと移動するポシェット。 ・・・女の子の目の前へと、降りていく。
 いつの間にか、女の子は手を差し出していた。
 パスッ
 「ナイス。」
 俺は、小声で言った。
 突然降りてきたポシェットに驚きながらも、すぐ喜びの表情に変わった女の子。
 「ふぅ。」
 高めていた意識を緩めて、一息つく琴音ちゃん。
 同時に、蝉が再び鳴き始めた。
 「お姉ちゃん、ありがとう。」
 さっきまで泣いて下を向いていたから、俺達がいることなんて わからなかったはずなのに・・・
 でも、琴音ちゃんの気持ちが あの女の子に伝わっていたのかもしれない。
 走り去っていく女の子を、追いかけ行く男の子。
 「あの女の子のように、琴音ちゃんの超能力を受け入れてくれる人ばかりだといいのにな。」
 「藤田さんっ!」
 「おっと・・・ 。」
 俺は、飛びついてきた琴音ちゃんを受け止めて 軽くよろけた。
 俺の背中へと回した腕で、ギュッと身体を押さえつけてくる。
 「琴音ちゃん・・・ どうしたんだ?」
 琴音ちゃんの頭を撫でながら、しがみついてきた理由わ考えてみた。
 超能力が、他人に知られるのが恐いのか?
 それで、俺と離れてしまうことを恐れるのか?
 「俺は、どんなことがあっても 琴音ちゃんを守るから。だから、安心していいぜ。」
 「本当・・・ ですか?」
 「ああ、約束するぜ。」
 「よかった・・・ 。」
 そういうと、琴音ちゃんは 密着していた俺から離れていった。
 「不安だったんです。」
 「なにをだ?」
 「まだ、はっきりしないから・・・ 言うべきじゃないと、思っていたんですけど・・・ 嫌われたくなかったし・・・ 。」
 「どうしたんだよ、琴音ちゃん。」
 琴音ちゃんが、俺に隠し事をしていることは 間違いなさそうだ。
 「藤田さん・・・ 子供、好きですか?」
 「子供? ああ、好きだよ。でも、それがどうかした?」
 「その・・・ ですね。あの・・・ ないんです。」
 「へっ? ないって、なにが?」
 「月のものです。」
 真っ赤になってしまう、琴音ちゃん。
 「月のものって・・・ 女の子が、毎月くるやつか?」
 「はい・・・ そうです。」
 琴音ちゃんは、うつむいたまま 答えた。
 「それって、どういう事かな?」
 「 ・・・わからないですか? できちゃったかも、しれないんですよ。」
 俺の理解力のなさに、やきもきしているみたいだ。
 それにしても、できちゃったって? えっ?・・・ できちゃった? 月のものって、生理のことだよな。それがこないってことは・・・ できちゃったから? 子供が? えっ? えっ!?
 「琴音ちゃん・・・ 」
 俺は、そっと琴音ちゃんに手を伸ばした。
 その手を、琴音ちゃんは 両手で受け止めた。小刻みに震えている。
 「ごめ・・・ ごめんなさいっ! 私が・・・ 私が・・・ 」
 とうとう、タガが外れたように 泣き出してしまった。涙が、滝のように零れ落ちる。
 ずっと、一人で悩んでいたんだろう。
 握られている手の反対の手を、琴音ちゃんの肩に回すと 優しく引き寄せた。
 「あっ・・・ 」
 俺の胸に、飛び込むような形になった。
 「たく・・・ しょうがねぇな。」
 「えっ?」
 「しょうがねぇなって、言ったんだよ。一人で悩んで、一人で不安になって・・・ 一人で抱え込むなってことだよ。俺が、琴音ちゃんの側にいたから そうなったんだろ。だったら、俺の問題でもあるんだぜ。」
 「藤田さん・・・ 。」
 こわばっていた身体から力が抜け、ふわりと身体全体を俺に預けてくる。
 「あたたかいです。」
 安心した言葉の力。優しい感覚。
 「琴音ちゃんは、俺が守るから 安心していいぜ。」
 俺は、力のこもった言葉を 琴音ちゃんに投げかけた。
 「痛いです。」
 「あ、ごめん。」
 言葉とともに、琴音ちゃんに回した腕にも 力が入ってしまったようだ。
 「でも、うれしいです。藤田さんを好きになって、よかった。」
 「俺もだよ。」
 向き合ったお互いの顔が、ゆっくりと近づいていく。
 「あっ・・・・・ 。」
 急に、琴音地やんは 両眼を大きく開いて 声を上げた。
 俺は、急なことで ただ琴音ちゃんを 固まって見つめるだけだった。
 「ああっ・・・ ま・・・ まさか・・・ 。」
 琴音ちゃんは、小刻みに震え始めていた。
 「琴音ちゃん? まさか、超能力が暴走を?」
 さっき、超能力を使ったばかりなのに。。。
 「ち・・・ 違います。違いますから、離してください。」
 俺の腕から、必死になって離れようとする。
 俺は、納得がいかないっていうか 理由も分からぬまま 抵抗にあがらう。
 「お願いです。離してくださいっ! でないと、私・・・ 」
 振り上げた顔は、赤らみ 瞳にうっすらと涙が浮かんでいた。
 「あっ・・・ 。」
 涙に、思わず力を緩めた腕から すり抜けた琴音ちゃん。そして、何かを探すように走り出す。
 「琴音ちゃんっ!」
 「お願いです。お願いですから、ついてこないでください。」
 「俺は、琴音ちゃんを守ると言ったんだ。」
 「か・・・ 勘違いしないでください。あっ・・・ あった。」
 公園の隅に作られた建物の中へと、駆け込んでいく琴音ちゃん。
 俺は、その建物を見て やっと理解できた。超能力が、暴走していたわけではないことを。そして、琴音ちゃんがでてくるのを 俺はただ待つしかない。
 木陰で、初夏の日射しを避けながら 待つことにした。吹き抜ける風が、心地いい。
 だけど、たぶん・・・ でてきたら、琴音ちゃんは気まずいだろうな。
 でも、どう言ってあげたらいいんだろ?
 深刻に・・・ いや、明るく・・・ よけい気まずくなりそうだ。
 う〜む・・・ やっぱり、普段通りでいいか。
 「はぁ〜・・・ 。」
 困ったな。
 「あのぉ〜。」
 「おわっ!」
 「きゃっ!」
 いつの間にか、俺の側に来ていた琴音ちゃんに 驚いた。そして、そんな俺の反応に驚いた琴音ちゃん。
 「琴音ちゃん。」
 「あっ・・・ あの・・・ すみません。」
 「いいんだよ。それに、俺の勘違いもあったしんだし。」
 「そうですか? でも・・・ 」
 「いいんだって。それより、これからちょっと付き合ってくれよ。」
 「どこへですか?」
 「神社さ。琴音ちゃんと子供の為に、お守りでも買っておこうかと思ってね。」
 「あ・・・ 」
 「行こうぜ、琴音ちゃん。」
 俺は、琴音ちゃんの手を取って進もうとした時・・・
 「待ってくださいっ!」
 琴音ちゃんは、俺の手を振り解き 声を上げた。
 「どうかした?」
 「待ってください。あの・・・ ですね。その・・・ たぶん、必要ないと思います。」
 「必要ないって、どうして? 俺は、琴音ちゃんのことが心配だから 少しでも気休めになればと思ってるんだぜ。」
 「すみません。でも・・・ 本当に必要なくなったんです。その・・・ ですね・・・ きちゃったんです。」
 「は?」
 「ん・・・ もぉ〜。そのですね・・・ 生理がきちゃったんです。ですから、お守り 必要なくなっちゃったんです。」
 湯気が立ちそうなくらいに真っ赤になって、理由を話す琴音ちゃん。
 俺はというと、急展開に 思考がついていかない。
 「あの・・・ 藤田さん? もしもし? 私の声、聞こえてますか? もしもぉ〜し!?」
 「あ・・・ ああ。だいじょうぶだよ。」
 そう答えても、動揺は抑えられない。
 「はは・・・ よかったと言うべきなのかな・・・ ?」
 「そう・・・ ですね。ご迷惑おかけして、申し訳ありません。 ・・・でも、残念です。」
 ”残念です。”その言葉に、俺は 琴音ちゃんの心を感じた。
 「いいんだよ。迷惑だなんて、思っちゃいないさ。」
 ポンッとね琴音ちゃんの頭に手を置いて 撫でてやった。
 「残念だったな。琴音ちゃんとの子供、見たかったぜ。」
 「本当ですか?」
 「嘘言っても、しかたないぜ。今回は、ダメだったけど・・・ いつかな。」
 「それって・・・ 」
 「まあ、その時まで 琴音ちゃんが俺のことを好きでいてくれたら だけどな。」
 「私は、きっと藤田さん以外 好きになれません。それより、藤田さんの方が心配です。」
 琴音ちゃんは、俺に飛びついてきて ギュッときつく抱きしめた。
 「俺が?」
 「藤田さん・・・ 誰にでも優しいし。それに、神岸先輩が・・・ 。」
 「琴音ちゃんは、心配性だな。今の俺は、琴音ちゃんしか見ていないぜ。だけど、そんなに心配するんだったら これから気をつけるよ。」
 「私・・・ 藤田さんのこと信じますから、変わらないでください。優しい藤田さんが、好きだから。」
 「そっか。」
 俺は、忘れてはならない約束をしたような そんな気持ちになった。

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