あれから・・・ 芹香が通う大学へ、なんとか合格することができた。ちょっと、理想高めの大学だったけど がんばったかいがあった。あんなに、芹香が喜んでくれたのだから。
 そして、1年ちょっとが過ぎ 初夏を思わせる季節になりつつあった。
 大学では、なるべく一緒にいるようにつとめた。高校時代と似たような感じで、セバスチャンの厳しい目があったけど 目を盗んで外でデートすることも たまにあった。
 夜には、芹香から電話してくることも 多かった。綾香が、代理でかけてくることもあるな。

 そんな、ある夜・・・

 プルルルッ プルルルルッ
 アルバイトから帰ってきて、居間でくつろいでいた時 電話は鳴った。
 綾香が、暇つぶしにでも かけて来たかなと思った。なんとなく・・・
 「はい、藤田です。」
 「
浩之さんですか? 芹香です。
 「芹香?」
 電話の向こうから、独特のか細い声が 聞こえる。
 「
公園まで来ていますので、迎えに来ていただけませんか?
 「えっ!? 近くの公園まで来ているから、迎えに来てほしいって? わかった。すぐ行くっ!」
 「
お待ちしております。
 電話を切ると、俺はその足で 家を飛び出した。すると、門のすぐ横に 見慣れない無人の車が止めてあった。誰がこんな所に、と思いつつも 今はかまっていられない。俺は、走って公園に向かった。歩いても5分ぐらいの場所だが、少しでも早く迎えに行かなければならないと 感じた。
 ハアハア・・・ 公園が、遠く感じる。
 やっと、公園の通りに面した入り口が 見えてきた。そこに、人影が見受けられる。
 「芹香!」
 俺の呼びかけに、その人影が動く。よく見ると、足下に大きな物が置かれている。
 「
浩之さん。
 近づくと、大きな物は 旅行用のスーツケースだった。
 「どうしたんだ? そんな大きな荷物を持って!」
 「
家出してきました。
 「えっ!? 家出してきましたって? なんで、また・・・ 。」
 「
ここでは、話せません。
 「ここでは、話せないって? じゃ、とりあえず 俺ん家に行こうぜ。」
 俺は、平静を装いながらスーツケースを持つと 今来たばかりの道を戻り始めた。後ろから、芹香がとことことついてくる。なんとなく、変な気分だ。
 それにしても、周りから見たら 俺たちはどのように見えるのだろうか。。。
 そんなこんなで、家まで着いた。まだ、あの車はある。
 「さっ、芹香 どうぞ。」
 「
お邪魔します。
 家の中へと招くと、なんの躊躇もなく 芹香は入ってきた。家出して、当てが他にないのだから当たり前か。
 初めての俺の家で、芹香は きょろきょろと家の中を確かめるように 見回していた。
 「芹香、コーヒー。インスタントだけど。」
 「
ありがとうございます。
 俺は、コーヒーを飲む芹香を ジッと見た。家出をするくらいだから、よっぽどのことがあったんだろうけど 屋敷に芹香がいないことがわかったら 真っ先に俺の所が疑われると思う。なのに・・・
 「
浩之さん。
 そんな事を考えてた俺を、芹香はジッと見つめて 声をかけてきた。
 「
ご迷惑でしたか?
 「迷惑かって? そんなことないぜ。」
 芹香は、まだジッと俺を見つめている。たぶん、俺のはっきりとした言葉がほしいのだろう。俺の気持ち・・・ 決心を・・・ 。
 「3年前・・・ 芹香の誕生日の夜、パーティを抜け出して俺に会いに来てくれた時から 俺の心は決まっている。どんな時でも、芹香の側にいて 守っていきたい。それが、俺の3年間変わらない気持ちだ。だから、迷惑だなんて これっぽっちも思っちゃいない。俺だけを頼って来てくれたんだ。それだけで、十分だよ。」
 嘘・偽りでない、俺の真っ直ぐな 芹香だけへの気持ち。
 「
嬉しいです。
 出会って3年余り、ずいぶんと表情が豊かになったと思う。本当に、嬉しそうな笑顔をしている。
 「 ・・・経緯を、話してくれるか?」
 「
はい。
 そして、芹香は いろいろと話してくれた。
 事の成り行きを要約すると・・・ 来栖川グループ会長、つまり芹香の爺さんが 結婚を前提とした見合いをさせようとしていた。今は、誰の言葉も聞き入れないとのことだ。それで、両親と綾香の協力もあって 見合い直前になって 屋敷を出ることになったとのことだった。とにかく、逃げて 隠れるしか手はないのだとか。それも、どこまでできるのか・・・
 「それしか、無いのか?」
 「
はい。
 「本当に、それが最良の手なのか?」
 「
はい。
 「そうか・・・ 。」
 芹香を、誰の手にも渡したくない。その為にがんばってきたのだが、結果はこれか。。。
 「?」
 なで なで なで なで ・・・
 深刻な顔をしていたのだろうか? 見かねた芹香が、寄ってきて 俺の頭を撫で始めた。
 俺の心は、決まった!
 「行こう、芹香!」
 「
いいのですか? 全てを捨てることになるかもしれませんよ。
 俺は、芹香を抱きしめた。
 「そんなこと言うなよ。決心が鈍るだろ。それに、俺には芹香がいれば十分だよ。これからのことは、俺より芹香の方が大変なんだからな。」
 それを聞いてか、答えるように 抱きしめ返してくる芹香。
 「とりあえずは、どうするかだが・・・ 」
 逃げるにしても、今は夜中だ。移動するにしても、手段が限られている。だが、それでは朝までにどこまで行けるか 疑問だ。
 「せめて、車があれば・・・ 。」
 免許は、なんとか持っているけど・・・ レンタカーを借りるにしても、そこから足がつく可能性が高い。
 「
あの・・・ 浩之さん。
 「ん?」
 芹香が、ポケットから取り出して俺に見せたのは key。
 「それは、何のkeyだ?」
 「
車のです。妹が、用意してくれました。
 「車のだって? でも、車はどこにあるんだ。」
 「
妹は、浩之さんの家の前に止めておくと 言ってました。
 「家の前にか。」
 芹香の話で、なんとなく前が見えてきた。芹香には、俺だけじゃない。両親と綾香の強力なバックアップがある。それは、その人たちが俺のことを認めていると 受け止めてもいいのだろう。その為にも、俺は芹香を守り通さなければならない。
 「芹香、少し待っててくれないか。俺も、用意してくる。」
 「
はい。
 俺は、旅立つ準備をするために 自分の部屋へ向かった。準備といっても、一週間分程の下着と数枚の衣服があれば 俺はいい。なるべく、必要最低限の物だけをバックに詰めていく。
 そして、いつ帰ってこれるかわからない部屋を ジッと見た。
 「
浩之さん、ごめんなさい。
 俺の後ろに、いつのまにか芹香が立っていた。とても、すまなそうにしている。
 「謝ることは無いぜ。俺が決めたことだ。後悔なんて、全然してない。」
 俺は、わずかにあった未練を振り切った。
 「さあ、行こうか 芹香。俺は、芹香さえいてくれれば 何もいらない。ずっと、一緒にいられるために 行こうぜ。」
 俺が手を差し出すと、芹香はその白い手を重ねてきた。細く、白く、柔らかい、小さな手。これから、ずっと守っていくんだという 勇気が湧いてくる。芹香だけが、俺にかける不思議な魔法。

 そして、俺たちは町を出た。
 装備されていたカーナビに、行く先のルート設定がされていた。巧みに設定されたルートを、ひた走る。
 助手席には、いままで張っていた気が緩んだのか 芹香がぐっすりと寝ている。
 「こうして見ていると、子供みたいだな。」
 ふと、そんな気がした。
 そんな時、セットされていたのか DVDが動きだし液晶に綾香の姿が現れた。
 「この映像を見ているとしたら、無事に県境を越えたのでしょうね。
 ・・・さて、これからのことだけど・・・ 私と両親は、あなたたちの見方だから できるだけバックアップするわ。それで、これから私の言うことを しっかりきいてね。・・・ 」
 綾香らしいな。いろいろと積極的に協力してくれる。
 これから向かう所にしても、元々綾香がトレーニングの為に山籠もりするつもりで 極秘裏に購入した農家だという。もちろん、他人名義でだ。家具とかも、一応揃っているとのことで 当分の間はなんとかなりそうだ。
 連絡も、綾香の後輩か知人宛にの手紙で こちらからの一方通行でいいと言っている。寂しいことだが、綾香以外との連絡は一切取らないようにしよう。
 そして、最後の話が 一番俺を驚かせた。それは、俺と芹香の婚姻届を出せと言うのだ。すでに、芹香は自分の分を記入して 婚姻届を持っているらしい。俺と芹香が、結婚か。。。
 付け加えられるように、俺たちの現地での設定が語られた。
 俺たちは、学生結婚で 病弱な芹香の療養のために 越してきたというものだ。山間部の過疎の村で、年配者ばかりしかいないからだとか。村での俺の行動は、自由だというのだけど・・・ それなりに仕事を村内でもたないと あやしまれるだろうな。まあ、どこかの農作業の手伝いでもすればいいか。などと考えていた時、ふと 当面の問題があることに気が付いた。
 それは、食事だった。
 「困ったな。。。」
 俺が作れる料理のレパートリーは、たかが知れてる。芹香は、料理を作れるのだろうか?外食ばかりでは、目立つ。かといって、インスタント食品ばかりでは 俺はいいとしても芹香には気の毒そうだ。
 しょうがない・・・ 少しずつでも、いろいろと覚えていこう。二人ですれば楽しいだろうし、それに時間はあるのだから・・・

 やがて、夏が過ぎ秋になった。山々の木々が、紅葉の準備に入ろうかという頃 綾香がバイクでやってきた。
 「二人とも、元気そうでなによりだわ。」
 「まあ、元気だけど 最初の言葉がそれかよ。」
 俺は、突然やってきた綾香に 悪態をついてしまう。
 「あ、ごめん。義兄さん、姉さん久しぶりです。」
 わざわざ、かしこまって挨拶を仕直す 綾香。
 「久しぶりだな。だけど、義兄さんって言うのは やめろよ。なんか、くすぐったいぜ。」
 「
久しぶりですね。元気にしてましたか?
 芹香も、本当にうれしそうだ。
 「それにしても、会いに来るなんて どうなってるんだ?」
 考えられることは、二つ。来栖川会長が亡くなったか、芹香の事をあきらめたかだ。
 「うん。まだ、お爺さま あきらめないの。」
 「じゃあ、なんで来たんだっ!」
 俺は、今の生活を壊されるような気持ちに駆られ 声を荒立てた。
 「怒んないでよ。私、姉さんのこと 心配だったんだし。それに、影武者立ててきたから まず大丈夫よ。」
 「影武者だぁ?」
 「うんっ、そうよ。前々から準備してたんだけど、私と同じ行動が取れるようになるのに 今までかかっちゃったわけ。」
 「同じ様な行動って・・・ もしかして、ロボットか?」
 いくらなんでも、そこまでするか?
 「とにかく、余分な機能はいらないから 頑丈で私と同じ性格を持って行動できるということで、HMX−12型をベースにして 私の影武者を作ったの。」
 「マルチが、ベースなのか。」
 俺には、あのマルチしか思い浮かばないけどな。
 「元々、現代における科学力全てを注ぎ込んで 限りなく人間に近づけるというコンセプトがあったからね。開発主任の長瀬さんも、乗り乗りだったわよ。」
 俺は呆れたが、楽しかった。しばらく、忘れていた楽しさだった。
 そんな時、冷たい風が 吹き抜けた。
 「中へ入ろうぜ。」
 俺たちは、薄暗く涼しくなった屋外から 明るい室内へと向かった。
 「綾香、これからどうするんだ? 泊まっていくんだろ?」
 時間的に帰るつもりはないだろうけど、とりあえず聞いてみた。
 「うん。最初から、そのつもりだったし。」
 「だろうな。」
 俺たちを、嬉しそうに芹香が見ていた。
 「じゃ、料理も いつもより豪勢にいくか。」
 「ちょっと、誰が作るのよ!」
 「ここには、俺たちしかいないぜ。まだ、大した物は作れないが 俺も芹香も料理くらいはするぜ。」
 「へぇ〜、姉さんがね。薬以外の物 作れるようになったのね。それって、愛のパワーってやつかなぁ〜。」
 芹香は、ポッと紅くなった。
 綾香からは、久しぶりに会えて楽しいって感じが ありありと伝わってくる。
 「何言ってんだか。隣のばあちゃんが、教えてくれてるんだぜ。それに、芹香だって 必死になって覚えているんだからな。上達しないわけがないって。」

 そして、急ぎ足で 秋が過ぎて冬になって 年が変わった。暖冬だと言われながらも、初めての山里での冬は とても寒かった。

 やがて、山々を覆っていた雪も少しずつ姿を消していき 春を迎えつつあった。

 「やっほー、また来ちゃった。」
 影武者ができてから、暇をみては綾香がやってくる。
 「なんだよ、そのかっこうは?」
 声で綾香と判ったものの、話さなければ別人にしか見えない姿をしている。
 「今回は、この娘を連れてくるのに 公共機関使ったからね。だから、変装しないとまずいでしょ。」
 そう言った綾香の後ろから、なんとなく芹香や綾香に似た姿の女の子が現れた。
 「浩之さん、お久しぶりです。」
 「???」
 聞き覚えのある声。しかし、すぐには思い出せない。
 「マルチよ。」
 「そうそう、マルチ・・・ て、あのマルチなのか?」
 たしかに、マルチの声だ。高校の時、学校に2週間だけ運用テストに来ていたメイドロボットの マルチの声だ。
 「はいっ! マルチです。このような姿をしていますけど。」
 耳のセンサーがなく、髪も黒髪のロングになっている。完全に人間そっくりだ。
 「久しぶりだな。4年振りかな。それにしても、なんで?」
 俺には、綾香の行動が不可解に思えた。
 「はい。お手伝いをするためです。」
 メイドロボットだから、それはわかるけど・・・ なんで、こんな姿に。。。
 「研究所で眠っていたからね。市販のマルチやセリオを連れてくれば、足がつく可能性が高いし。ここの人たちに不信がられない為にも、私たちにちょっと似せる必要もあったわ。だから、協力が最も得られる長瀬さんとこから。」
 「ふ〜ん・・・ 手の込んだことを。」
 「マルチは、私たちの妹ということにしておいてね。」
 俺は、ジッとマルチを見た。なんか、違和感があって・・・ 
 「は・・・ 恥ずかしいです。」
 「とに、姉さん身重なんだから しかたないでしょ。なにかあってからじゃ、遅いのよ。その為に、ここまでしたんだからね。」
 「うっ・・・ 」
 それを言われたら、身も蓋もないぜ。
 「でも、こうしていると本当の姉妹みたいでしょ。」
 綾香は、楽しそうにマルチにじゃれついた。
 「でも、まぁマルチが来てくれて 少しは芹香を楽にさせることができるか。よろしく頼むぜ、マルチ。」
 「はいっ!」

 「なんか、すっげー緊張してるぜ。」
 来栖川家の本邸の前で、俺と生まれて3ヶ月になる息子を抱いた芹香は 立っていた。俺は、身震いを感じている。
 「
だいじょうぶです。
 芹香は、そういうと にっこりと微笑んだ。
 「そうだな。」
 根拠など、なにもない。ただ、芹香の後押しがあるだけだ。勇気をくれる不思議な魔法という・・・
 俺たちに子供が産まれて、それが会長の耳に入ってから 事態は少しずつ変わっていった。綾香の話によると、芹香の祖母の強硬な説得もあったそうだ。
 なんにしても、やっとこの町に戻ってくることができたのだ。あの村での生活が、不満だったわけじゃない。ただ、逃げまくっていることが 俺の性に合わなかっただけだ。
 キィィィィィィィ〜〜〜
 門は、開かれた。
 それを見た俺は、息を飲んだ。
 「・・・さて、行こうか。」
 「
はい。
 俺たちは、秋晴れの空の下 新しい道を歩み始めたような・・・ そんな気がした。

End