バスが、青々と萌え始めている木々の間を 抜けていく。
 ちらっと横に座っているレイミィを見ると、むくれたような顔をして つまらなそうにしている。
 俺が、悪いのかな。。。ふと、そんな気がした。RINAと会話を繰り返してきて、俺自身も 女性というものを少しは理解できるようになったのではないかと 思える。そこで、俺の取るべき行動は 一つだろう。
 「レイミィ・・・  少し、どこかへ寄って行こうか。」
 「えっ!?」
 予期もしていなかったのだろう。俺が、突然話しかけて来たことに驚いているようだ。
 「どこか寄って行くって・・・ いいの、時間? 用事があるんでしょ。」
 「まあ、決めた時間っていうのはないから 少しくらいならってことさ。」
 なんか、自分で言ってるのに 不思議な気分だ。でも・・・ なんとなく、懐かしいような気分だな。
 「本当に、いいの?」
 「ああ。でも、1時間くらいだけだぞ。」
 「うんっ、それでもいい。」
 さっきまで見せていた表情が、嘘みたいな笑顔を見せている レイミィ。
 そうだな、こうやって大学の知り合いを見て RINAの教育の参考にすればいいのかもしれないな。実際、知らないことが多すぎるんだよな。
 「ねえ、どこ行こっか!」
 「レイミィが、寄りたい所でいいぜ。」
 「でもぉ〜。」
 「知らないんだ。」
 「えっ?」
 「家の近所と大学以外、必要な物を買う所しか知らないんだよ。」
 「そうなの?」
 「そうだよ。興味ないからな。」
 たしかに、その通りだった。自分に有益な所しか、知らない。周りを全然見ていなかった。
 「そうなんだ。」
 「でも、レイミィがどんな所を知っているか 少しは興味あるな。」
 「本当ぉ! じゃあさ・・・ 駅前のファッションビルでいいかな。」
 「何か、買う物でもあるのか?」
 「えへへっ、内緒だよ。」
 そう言ったレイミィは、とても嬉しそうだった。そう言えば、始めてみる表情かも。
 「ホント、彼方くん変わったよ。わたし、彼方くんのこと 大学で見ている姿しか知らないもの。みんなでどこかへ遊びに行くのにも、来なかったし。話かけても、私生活のこととか 一切口にしなかったよ。だから、こんなにも話してくれたの初めてだから 変わったと思ったの。」
 そうだったかんだな。気にもしてなかったことだ。俺は、周りを見ていなかったのに 周りは俺を見ていたってことだ。
 「ありがとな、レイミィ。」
 「ううん。私は、嬉しいんだから お礼なんて言わなくてもいいよ。
 あっ、もうすぐ駅前に着くよ。」
 バスは、静かに駅前のロータリーに入っていった。
 まだ化石燃料を多く使ってはいるが、ネオ石油と言われている合成ガソリンに対応したエンジンを持った車も 町で多く見られるようになった。バスなどのディーゼルエンジンを使っていた大型車は、早々に新型の対応エンジンを積んだものに変えられていった。だから、昔のように黒煙を吐き出して走る姿をみる事は少なくなった。少ない排気量でも、大馬力を得られる合成燃料を使ったエンジンは トラックなどには特に好都合であったのだろう。
 「こうして、彼方くんと歩けるなんて 嬉しいな。」
 バスから降り立った俺に、レイミィは腕を絡めてきた。
 「レ、レイミィ!」
 俺は、あせった。町中では、こういう風景を見たことはあるけど 実際自分がそのような状態になると 恥ずかしいものだ。今まで経験したことないだけに。。。
 「うふっ、いいでしょ? 少しの間でいいから・・・ ねっ。」
 金色の髪をなびかせて、レイミィは微笑んだ。
 「仕方ないな。」
 触れ合うってことは、相手の重みを知るってことだっていうのが 初めてわかったような気がする。空間投影機で映し出されるRINAでは、こんなことはできないからな。
 だが・・・ サイバーランドでだったら、どうなんだろう? 玲奈さんの話だと、五感全てがリンクされているようだし。RINA自体も、俺に触れるってことなのだろうか?
 「行こっ!」
 俺の腕を引っ張るように進む、レイミィ。

 「ねえ、ここなんだけど。」
 連れてこられた店は・・・ ランジェリーショップ?
 「レイミィ、ここは・・・ もしかして・・・ 。」
 俺は、狼狽えずにはいられなかった。そう、まったくこの手のことには 免疫がないというか なんというか。。。
 「うん、肌着のお店だよ。新しい寝間着を買おうと思ってるんだけど、選ぶのを手伝ってもらいたくてね。」
 「そりゃ、わかることなら付き合うけど・・・ 俺も、この店に入るのか?」
 「入らないと、選べないよ。」
 「そうだけどさ。」
 「恋人同士に見えれば、問題ないよ。」
 うっ・・・ そうきたか。なんとしても、俺を店内に入れたいらしいな。
 「そう見えてほしいのか、レイミィは? 俺は、レイミィのこと 大学でのことしか知らないぜ。趣味とか、好みとか、全然知らないんだぜ。」
 レイミィは、そう言われて うつむいてしまった。
 「そうだよね。」
 「ま、いつくか選んで 最後に俺が決めるってのはどうかな? それまで、俺は外で待っていればいいし。」
 俺が、思いつく中で言ってやれるのは これくらいかな。はっきり言って、女性の扱いはできないと言った方がいいくらいだし。RINAとの付き合いは、教師と生徒、兄妹、といったところだからな。
 女性への対応が下手だというのは、RINAと同じように 慣れが必要なのだろうな。
 「うん、わかった。じゃ、呼ぶまで待っててね。帰っちゃいやだよ。」
 「ああ、勝手に帰ったりしない。約束する。」
 「 ・・・うん。あ、彼方くんの好きな色って たしかブルー系だったよね。」
 「ああ、そうだけど。よく知ってたな。」
 「私は、大学以外での彼方くんのこと知らないけど 観察してるから。」
 そう言って、レイミィは店の中へと消えていった。
 「さて、困ったな。」
 ランジェリーショップの前で、男が一人で店の中をジッと見ているわけにもいかにないし。別に、店の中の物に見ているわけではないのだが 通る人にはそうは見えないだろうし。かといって、レイミィと約束した以上 店の前から離れるわけにもいかないし。困ったな。。。
 そんな悩みを抱えてる俺とは対照的に、ガラス越しに見えるレイミィは 楽しそうに物色しているのが伺える。
 「 ・・・まあ、いいか。」
 俺は、ランジェリーショップ入り口の向かいの壁に寄りかかって 腕組みをして顔を下げた。
 考えてみた。
 水地、天海、レイミィ。三人とも、俺が変わったと言ったこと。
 たしかに、こうしていること自体 以前ならまったく考えられないことだった。だが、それだけで変わったと言われるだろうか。
 早々に帰宅することも、気持ちの変化だけで済むだろう。
 だとしたら・・・ 何が考えられるのだろう? ・・・雰囲気か?
 ふむ・・・ 雰囲気なら、自分でも変わったことに気付かないな。パイロット候補生は、敏感になっているから 少しの雰囲気の変化でも気付いてしまう。いったい、どう変わったと言うんだろうな。そう言えば、レイミィは”優しくなった。”と言ったな。俺としては、いつもと変わらないと思うけど。
 「 ・・・くん。か・・・ な・・・ た・・・ くんっ!」
 「おわっ!」
 いつのまにか、レイミィが目の前に立っていた。
 「どうしたの?」
 「いや、ちょっとばかり 考え事をだな。それはそうと、買い物は終わったのかよ。」
 「ううん。決まらないから、彼方くんに選んでもらおうと思って。」
 「それって、俺にこの店の中へ入れってことか?」
 「そうだよ。外には、持ってこれないよ。」
 「それは、そうだけど・・・ 。」
 「男なら、覚悟を決めて入る!」
 うっ・・・ 参ったな。げっ、通りすがりの女の子が こっちを見て笑ってるよ。
 「たく、しょうがねぇな。」
 「うんっ!」
 レイミィは、俺の手を取って 勢いよく店に向かった。
 俺が普段入る店とは、一線を隔てた雰囲気があるな。最初に感じたのは、色調が違うということか。それ以外のことは・・・ とりあえず、置いておこう。
 「これなんだけど・・・ 。」
 そう言ってレイミィが差し出したのは、淡いブルーのネグリジェと濃いブルーのパジャマだった。
 「本当はね・・・ これもなんだけど、彼方くんはどう思う?」
 「子供用か?」
 それは、子供用のネグリジェにしか見えないものだった。
 「違うよ。これは、れっきとした大人用。ベビードールっていうんだよ。」
 「ベビードール?」
 「見たことないかな。ほら、アメリカの映画なんかで 女の人が男の人を誘惑するシーンなんかで着ていたりするよ。」
 「う〜ん・・・ そう言えば、なんとなく見たとがあるような。」
 「でしょ。でも、今回はパス。だって・・・ 。」
 レイミィは、チラッと俺を見た。
 「なんだよ。」
 「ううん、なんでもない。でね、どっちがいいと思う?」
 「レイミィは、いま何を着て寝てるんだ?」
 「パジャマだよ。」
 「じゃ、こっちだな。」
 俺は、ネグリジェを指さした。
 「そんなことで、選ばないでよ。」
 「俺には、どういった基準で選べばいいかなんて わからないからな。」
 自分の服を買うにしたって、見た瞬間の感じで決めてしまうし。
 「こういうのはね、頭の中で着た姿を想像するんだよ。」
 「そういうものなのか。だったら、やっぱりこっちだな。」
 「もう、ちゃんと見てよっ!」
 「パイロットには、瞬間的判断も必要だぜ。俺は、こっちがレイミィに合ってると思ったから そういったまでだぜ。」
 「本当?」
 「ああ、本当だとも。」
 「彼方くんが、そう言うなら これにするね。」
 レイミィは、ウキウキしてレジに行った。
 「俺は、先に外に出てるからな。」
 そう言い残すと、店外へと出ていった。なんとなく、疲れた。気疲れだな。女の子に付き合うっていうのは、こんなにも疲れるものなのか? 他の奴らは、よく我慢できるな。
 でも、これも経験か。RINAを教育するにも、必要なことだと割り切るしかない。
 はたして、本当にそうなのか?
 「おまたせ、彼方くん。あ〜、また難しい顔してる。」
 「そっか?」
 「うん。なにか、悩みでもあるの? 私にわかることだったら、相談に乗るよ。」
 「まあ・・・ なんだな。こうしてることが、少しは悩みの解消になるかもな。」
 「なにそれ?」
 「なんでもないさ。さて、帰ろっか。」
 「うん。 ・・・付き合ってくれたお礼がしたいから、お茶でもしない?」
 レイミィは、歩き始めた俺の横に駆け寄って 誘ってきた。
 「わりぃ。。。時間だ。 ・・・その、なんだな・・・ また、今度頼むよ。」
 「そおなの。」
 残念そうにしているけど、しかたがないさ。俺としても、この感じを忘れない為にも 早く帰りたいからな。
 「じゃあさ、改札まで送るよ。」
 「ああ。」
 

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