第三話 形あるもの(形ないもの)



 RINAと出会い、俺の部屋へ現れるようになってから いろいろあったな。
 玲奈さんが、試作機と言っていた「空間投影機」が 俺の部屋に設置されてからというもの RINAを見ることができた。けど、見えるだけで 空気をつかむようなものだ。
 それに、まだまだ羞恥心が薄い為に 全裸で現れることもある。
 そう言う時は、教育係として注意するのだけど どうも男の心理というものをどこかで検索してメモリーしたようで 俺を困らせる。まあ、均整の取れた体型は 見ていて綺麗だと思う。
 そう言えば、一度だけ ジッと見てやったことがあるな。その時は、さすがに恥ずかしいような表情を見せた。
 このような日常の積み重ねが、必要なのだろう。玲奈さんが、言っていた言葉が思い出される。”子供”と一緒だと。大人の姿をし、世界最強の頭脳を持ったAIという ”子供”。
 それでも、毎日を 一応新鮮に感じる。

 「さて、今日も これからRINAの相手か。」
 憂鬱でもあるけど、楽しみでもある。
 航空・宇宙大学での授業と訓練も終わり、後は 帰宅するか自主トレをするかでしかない。
 RINAと出会うまで、周りからは”訓練の虫”などとも 囁かれていたようだ。すべては、夢を叶えたい一心でしていたことなのだが 付き合い方が下手なのが災いして 一部の者以外には受けがよくなかった。ま、競争しているのだから 当たり前と言えばそれで済んでしまう。それでも、気の合う奴というのはいるもので 何人かとは親しくしている。
 「よっ、彼方。今日も、早々に帰るんだな。」
 「ああ、水地。用があるもんでな。」
 水地涼。数少ない友人の一人だ。
 「変わったな、彼方。誰よりも、遅くまで残っていた奴が 真っ先に帰るんだからな。」
 「無闇に身体をいじめるのを、止めただけだ。」
 「そうか? 俺達から見てても、そうは見えなかったぞ。」
 俺のやっていたことを、よく見ていたんだな。
 「頼まれ事なんでな。それに、自宅に帰ってからも トレーニングは欠かさないぜ。」
 「彼方が、頼まれ事を断らないってことは・・・ かわいい娘が相手か?」
 鋭いな。まあ、これくらいの憶測は 誰でもするか。
 「まあな。」
 「なぬっ!」
 「両親の友人の娘だよ。アメリカから帰ってきて、こっちのことにうといから まあ相手をしながらこちらの環境になれさせてるところさ。アルバイトと言っても、いいかな。」
 これくらいの嘘は、許容範囲だろう。それに、ほとんどが嘘だとも言えないしな。
 「その口振りだと、年頃ってわけでもなさそうだな。ま、一度会わせてくれよ。」
 「母親に相談しないと、無理だな。」
 「なんだ、箱入り娘かよ。」
 「まあ、そんなところだ。」
 「慣れないことで、たいへんそうね。」
 今まで横で何をしていたんだか、全然話に入ってこなかった”天海陽子”が不意にこぼした。
 「たいへんと言えば、たいへんだな。あいつは、子供と一緒だから。」
 「ふぅ〜ん。でも、表情は困ってないよ。ううん・・・ 楽しそう。」
 相変わらず、天海は鋭いな。いつもは、おっとりとしているのに 変に感覚だけは鋭いというか。
 「楽しそうだって? ・・・そうかもな。」
 「あら、否定しないのね。」
 「天海の鋭さは、判っているからな。隠したって無駄だろ。」
 こんなやりとりができるのも、こいつらとだけだよな。
 「ふっふっふっふっ・・・ 余裕ね。」
 「!?」
 「それとも、もうあきらめたのかしら!」
 俺達の雰囲気を台無しにするのは、”神矢雅”。なにかと、俺に突っかかってくるんで うんざりだ。
 「さあな。じゃ、帰るわ。」
 「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」
 付き合ってらんないぜ。
 「とに、むかつくわねっ!!!」
 「ご自由に。またな、水地、天海。」
 切りもいいし、五月蠅い奴の相手をすることもない。

 ゴールデンウィークの前。まだ4月だが、こんな晴天を五月晴れって言うんだろうな。
 少し暑く感じる気温に、乾いた風が気持ちいい。
 広大な敷地を擁するキャンバスのバス停で、気づいたことがある。
 ”いままで、こんな風に考えたことがあるのだろうか?”と言うことを。
 振り返ってみると、ずっと孤独を通してきた節がある。水地たちのような友人を作っても、必要以上に近づかなかった。それでも、なんとかやってこれた。
 自分が求めるモノと、他人が求めるモノが 違うと思っていた。だが、ここでは 求めるモノは皆同じだということが 最近になってやっとわかったような気がする。
 こんな風に思えるようになったのも、RINAと生活するようになったからだろうか。そんな事を考えることさえ、たぶん・・・ きっと、周りが言う”変わった”という事に 当てはまるのだろう。
 なんというか・・・ そう、”晴れた”気分だ。
 「彼方くん、どうしたの? なんか、嬉しそうだよ。」
 いろいろと考えていたので、気づかなかったのだろう。不意に後ろから声をかけたのは、”樹神・レイミィ・スターロック”。同級生で、入学式で隣に座ってからの 付き合いだ。ハーフの女の子。抜群のプロポーションで、美人顔。学園のアイドル的存在らしい。らしいと言うのは、俺には興味の無い話だからだ。
 活発的な性格のくせに、操縦など直接乗り物を動かすのは 並以下。そのくせ、ナビゲーションなどサポート的なことになると 突出した成績を示す。ナビとしては、頼もしい存在かもしれない。
 「そんな顔してたか?」
 たぶん、自然とにやけてたようだな。
 「うんっ! なにか、いいことあったの?」
 「別に、そんなことないさ。」
 「そうなの。ねぇ、新学期になってから 帰るの早いね。一緒にトレーニングしようと思って、いつもいたところに行っても 全然いなかったし。つまらなかったよ!」
 「つまらなかったって・・・ 一緒に居たって、やること違うだろ。」
 「気分の問題だよ! 彼方くんが、がんばってるのを見ていると 私もって気分になれるの。」
 「そう言うものなのか。」
 「そう言うものなの。 ・・・とに、鈍感なんだから。」
 「んっ?」
 「その・・・ ね。こんなに早く帰るんだから、時間ないかなって。」
 「時間って?」
 「 ・・・はぁ〜。ねえ、女の子が誘ってるのよ。なのに、そんな反応はないんじゃない?」
 「そうだったのか。気が付かなくて、悪かったな。でも、これから用事があるんで パス。」
 「えっ!?」
 「ん、どうした?」
 「ううん・・・ そのね、何かあったの?」
 「何かって?」
 「その・・・ あっ、バス来た。」
 俺達は、定時にやって来た駅とキャンパス内を含む周回バスに乗り込んだ。珍しく、誰も客は乗っていなかった。一番後ろの席に腰を降ろすと、レイミィもすぐ横に座った。
 「ねえ、何かあったの?」
 「さっきも言ってたけど、なんでそう思うんだ。」
 「うん・・・ 気のせいかもしれないけど、なんて言うか丸くなったというか・・・ 。」
 「角が取れたってことか。」
 「なにそれ?」
 「角張っていた物の先が取れて、丸くなったように見えるって意味だぜ。」
 「そうなんだ。でね、前の彼方くんと”あっ、なにか違うな。”て 感じるの。その・・・ 優しくなったというか、恐くなくなったというか。」
 「俺が、恐い?」
 「うん。私はそうじゃなかったけど、女の子たちの中では 恐いから近寄りたくないっていってる娘もいたんだよ。その時に感じてた雰囲気と、今感じてる雰囲気がまったく違うような気がするの。だって、そうでしょ! こんな風に話したこと、いままで無かったし。」
 「そっか。」
 「ごめん。でも、今の彼方くん とっても好きだよ。」
 「ここのとこ、少し考え方が変わったせいかもしれないな。」
 「意地悪だね。」
 「んっ?」
 「ううん、なんにも。」
 そこから、会話は途切れてしまった。

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