「私は・・・ 私がリストアップした人物から、センセイの希望を受けて決めました。私の意見というものは、ありませんでした。」
予想していた通りの答え。ま、そんなもんだろ。
「センセイが、頼みやすい人物ということが 決め手でした。私も、こうしてお会いしてみて それが正解だったと思います。」
おいおい、こっちは命を賭けなければならなくなるかもっていうのに。それなのに、そんな簡単に決められたんじゃ・・・ 。
「どうかしましたか?」
「ああ、なんでもないよ。」
RINAを見ていると、憎めないな。純粋に見えるその表情が、俺の気持ちを揺さぶるようだ。
「 ・・・もしもだ。」
「はい?」
「もしも、俺が悪人で RINAを使って電脳世界から 世界征服をしようとしたらどうするんだ?」
本来、このようなプログラムというのは 善悪という観念はないし 創造者もしくは使用者に服従するというのが定石だろう。それを考えれば・・・
「不可能です。」
俺の考えは、あっけなく否定されてしまった。
「なぜだ!?」
「私を動かしている本体バイオチップは、従来のCUPチップにはないものを持っています。それは、DNAです。今まで製造されたバイオチップ、そしてこれから製造される物全てに 世界危機に相当する関連事項を’禁忌(タブー)’事項として あらゆる危険行為を実行しないように DNA自体に刷り込みがされているのです。書き換えが不可能であることが、最大の利点ですね。ただ、このことは一般には公表されません。ほぼ、トップシークレットと言ってもよいでしょう。
もし、禁忌事項に相当する行為を実行しようとすれば 確実にシステムダウンいたします。」
「この強力なCPUを使用する為の、一応の安全対策はとっているわけだな。」
「そういうことですね。」
「なるほどね。」
俺は、ただ頷くしかなかった。目の前のRINAを見ていると、とてもAIと思える範囲を超えてるかのように見える。
その表情の細やかさ、言動のスムーズさ・・・・・・ 本当にプログラムなのだろうかとさえ 思えてくる。ジッとRINAを、見つめてしまう。
「どうかなされましたか? お疲れのようですけど。」
「ああ、ちょっとな。驚くことが多かったし、それに・・・ 」
そこで、俺は口をつぐんだ。
「そうですか。」
RINAは、心の詮索はできないのだろう。彼女は、プログラムだ。そう信じたい。そう思いたいと、彼女の言葉を受け取った。
「ありがとう、RINA。今日は、これで帰るけど・・・ 明日から、よろしく頼むよ。」
「はい、彼方さん。こちらの方こそ、よろしくお願いいたします。」
そう言うと、RINAは微笑んだ。
「・・・」
俺は、何を期待していたのだろう。。。俺は、いったい・・・・・・
1階へと上がった俺は、玲奈さんに挨拶すると 自分の家へと足を向けた。 ・・・が、そのまま通り過ぎた。
見慣れた街の風景・・・ 変わらぬ風景・・・ 簡単に変わってしまう人の心・・・ 想いとはなんだろう・・・
トボトボと、何の気なしに足を運ばせる。
RINAに出会って、何かを思い出せそうなんだが・・・ 何を忘れてしまったのか・・・
「曖昧だな。」
俺は、立ち止まり・・・ 社へと続く石段を見上げた。少し躊躇したが、登っていくことにした。
ここが、その昔城であったことをわからしめる痕跡は 宅地開発により 頂上の社あたりだけとなってしまっていた。水姫伝説の舞台。その水姫の魂を慰める為に行われるようになった、祭り。理奈との想い出の舞台。。。
彼女は、いない・・・ 届かない場所にいる。そこから、どんな気持ちで俺を見ているのだろうか。。。
玲奈さんは、何故・・・ RINAを作ったんだろう?
疑問ばかりが、浮かぶ。
玲奈さんは、理奈の日記を見たから RINAを作った? それとも、自分の為に?
疑問ばかりで、息苦しい。。。
そんな時、石段は途切れ 開けた空間が広がった。振り返ると、町並みが一望でき 風が頬を撫でる。春の風は、暖かく 桜の花びらを運んでいく。
遠い記憶が・・・ よみがえる。
「ねえ、彼方くん。」
「なんだい、理奈。」
「うん・・・ あのね・・・ そのぉ〜・・・ 」
「?」
「私たち、離ればなれになっても また会えるのかな?」
「そうだな・・・ 信じていれば、会えるんじゃないかな?」
「そっか。でも、寂しくないのかな。」
「寂しいと思う。でも、その分 会えた時 もっと嬉しいんじゃないかな。」
「でも、寂しかったら 私泣いちゃうよ。」
「理奈は、泣き虫だからな。」
「そんなこと・・・ないと思う。」
「じゃあさ・・・ 神様にお願いしておう。”何度でも、また会えますように!”って。」
「うんっ! 私、忘れないよ!! 絶対に、このお願いだけわ!!!」
理奈が引っ越す少し前・・・ 二人で、神様にお願いした願い。
”何度でも、また会えますように。”
そうだった。
理奈にあんなことがあって・・・ お互いの夢を、俺一人で叶えようとして がんばって・・・ ずっと忘れていた。すぐ近くだというのに、何年か振りに来て RINAに出会って 思い出した願い・約束。
でも・・・ それは、もう叶わない。
あの日から、忘れ去っていた想い出。いや、無理に忘れ去ろうと 躍起になったんだろう。そして、記憶の奥に閉ざした。
RINAに出会って、解き放たれたというのか? RINAは、理奈ではないのに。ただの作り物。プログラムなのに・・・ 。
「残酷だよ、玲奈さん。。。」
石段の最上段に腰掛け、呟いた。
「俺に、何を求めているんだよ。」
その時、強風が吹き 桜の花びらをさらって 街中へと運んでいった。花びらが、空中を流れて行くのを ずっと見つめる。それは、すぐに色を無くし見えなくなった。
「 ・・・ははっ、ばかだな。」
自分が、滑稽に思えたからだ。
「流されても、いいじゃないか。」
見上げると、春の風に 雲が流されていく。
春の空は、蒼く澄んで 雲を俺のもやもやを 風で掻き消していくようだ。
「流されてみよう。それで、いいんじゃないか。かわらない事だらけだしな。なぁ、理奈!」
俺は立ち上がり、振り向くと 社殿を見た。そこに、一緒に遊んだ頃の理奈が立っているような そんな気がしたから・・・ 。
目の奥に映る幻の理奈は、笑っているような気がした。
「前に進まなきゃ、先は見えないよな。」
(そうだよ、がんばってね 彼方くん。)
そんな声が、返ってきそうだ。
・・・記憶の中の理奈は、いつまでも微笑んでいた。
「ああ、がんばるよ。ずっと、夢見てた世界だからな。夢を叶えようって、一緒に願ったんだからな。だから、見ていてくれ。。。」