目の前を歩く、玲奈さん。その後ろ姿が、懐かしい。ただ、俺が成長して、視点が変わったからか
背中が小さく見える。
そんなことを考えていると、突然・・・
「ダイバーシステムは、まだ設置したばかりで システムチェック中だから 使用できるまで10日程かかるかしらね。システムとのシンクロ率を高めるスーツも、作らないといけないから
丁度いいくらいかも。」
「あの・・・ まだ、引き受けた理由じゃ・・・。」
「スタッフは、私以外はいないわ。私の研究だし・・・ 。
でも、彼女に任せておけば心配ないと思っている。」
すぐ隣、玲奈さんの自宅に入ったところで 振り向いた玲奈さんは言った。
「私と彼女が、選び出した人物だもの 君は。他のダイバーと比べても、遜色ない資質を十分持っていると確証しているわ。」
彼女って?
「あ、ちょっと待っててくれる? 様子を見てくるから。」
そういうと、玲奈さんは 奥へと消えていった。
なんか、振り回されてるって感じだな。でも、玲奈さんって あんな風だったっけ? 記憶が曖昧だ。
玄関から見る家の中は、何年も使っていなかったにしては きれいに感じる。
ここに、理奈がいたんだ。玲奈さんの娘で、俺の幼なじみで、好きだった女の子。でも、彼女はいない・・・ 。
懐かしさと思い出に浸っていると、玲奈さんが戻ってきた。
「まだ、一区切りつくまで しばらくかかりるみたい。待っている間に、食事でもしてましょうか。ご飯、まだでしょ?」
「はあ。」
「気のない返事ねぇ。まあ、材料がないから作ってあげられなくて 宅配ピザだけどね。えっとぉ、電話帳はと・・・ 。」
玲奈さんに振り回されて付いてきてしまったが、はっきりと断るしかないな。ここ1年が勝負って時に、余分な時間はまったく無いと言ってもいいくらいだし。
玲奈さんが、やろうとしている研究に興味はあるけど・・・ それで、目の前にある夢をつかみ損ねたくはない! あの日の約束を、果たす為にも。それが・・・
「なに、深刻な顔をしてるのよ。さっ、こっちよ。」
しょうがねぇな。またっく。。。
それにしても、玄関から家の中を一歩進むたび 懐かしい。今にも、理奈がひょっこりと 顔をだしてきそうだ。いつも、この居間から顔を出して
俺を呼んだっけ。
「こっちよ、彼方くん。」
思い出も、まだ色あせない。
「さて、さっきの続きだけど・・・ 」
「あのっ、玲奈さん!」
「判ってるわよ。ここ1年が、勝負なんでしょ。まあ、話を最後まで聞いてからでも 返事は遅くないと思うわ。それに、決して あなたの足枷にはならないはずだから。」
「わかりました。一応、話は聞きます。」
「うん、よろしい。」
玲奈さんが、微笑んだ。昔と変わらない、優しい目をして。
「彼方くん、あなたにしてほしい事は ダイバーとして電脳世界に潜ってもらう事と私が作ったAIの教育係りなの。」
「AIの教育って・・・ 」
「フィードバック機能により、自分自身を書き換えて発展していく人格形成型AI。まあ、基本人格は あなたの良く知っていた人からコピーしたから
違和感はないはずよ。あとは、あなた次第で どのように発展していくかってところね。
そうそう、ダイビング中のパートナーでもあるから 怒らしたら恐いわよ。」
「えっ!?」
「嘘よ。そこらへんは、危険事項として刷り込んであるから まずだいじょうぶ。
ダイブのサポートは、全て彼女が行うわ。完全自動システムってとこかしら。」
「益々、不安ですよ それ。信用していいんだか・・・ 」
「信頼するのよ、彼女を。その為にも、普段からコミニケーションをしてもらわないと。ダイブの為の教育でもあるのよ。」
「はあ・・・ 」
やっぱり、はっきりと断ろう!
「普段は、私オリジナルのバイオチップ搭載のスパコンが 彼女を動かしているわ。でも、ダイブの時は それだけでは処理しきれないの。だから、市販型のバイオチップ12個が
彼女を取り囲むように配置してあるの。必要に応じて、分身を置いてサポートさせるってシステム。フル稼動すれば、アメリカのダイブシステム以上の性能であるのは間違いないわ!」
「さっきから、”彼女”って言ってますけど 女性型なんですか? そのAI。」
「後で紹介するからね。さて、ダイブの話だけど・・・ 」
ピンポーン! ピンポーン!
話を割くように、呼び鈴が鳴った。たぶん、宅配ピザだろう。
「行ってくるから、ちょっと待っててね。」
玲奈さんが、あわてて出て行く。
しかし、なんて物を持ち込んだんだ。オリジナルバイオチップ搭載スパコンに、市販型バイオチップ12個だって。世界征服も、可能じゃないか?
その片棒を担げっていうのかな。。。
断らないと・・・ でも、AIに会ってみたいな。玲奈さんの話からすると、興味深いものはあるし。いづれ、管理コンピューターなんかに組み込まれて
活躍するのだろう。
それでも、今の俺には負担になるだけで メリットはない。邪魔になるだけじゃないのか?
「はいっ、おまたせ! さっ、食べよ!!」
「あの・・・ 」
「はい、お茶。 ・・・なに?」
「やっぱり、お断りします。」
「とに、最後まで聞きなさいって 言ったでしょ。足枷になるようなことには、絶対しないとも言ったし。
知ってるのよ。 ・・・彼方くんが、娘との約束を守っている事。だから、その手伝いという意味でも 引き受けてほしいの。」
「知っていたんですか・・・ 。」
「冷めないうちに、食べよ!」
「はい、いただきます。」
「サイバーランドは、宇宙と同じなのよ。有限であって、無限の広がりを持っている。私たちが、こうしている間にも 広がっているのよ。そして、その世界は
設定の仕方によってどんな環境にも することができる。」
「・・・ 」
「つまり、あなたが望む ’無重力’や’月の重力下’と同じ環境が作れるってわけ。」
「 でも、それは電脳世界の事であって・・・ 」
「それは、大間違いよ! たぶん、その事でなんにもメリットがないと思っているんでしょうけど。」
「はい。」
「サイバーランドへ行くあなたの精神は、肉体から切り離されるわけではないわ。繋がっているの。だから、サイバーランドで経験したことは
全てあなたの肉体へも影響を及ぼすの。つまり、サイバーランドでの死は 現実世界の死でもあるわけ。」
「それって・・・ 」
思わず、唾を飲み込んだ。
「あなたの望む環境下へダイブすれば、地上に居ながらにして実地訓練ができるってわけ。まあ、窒息はしないけど。
結局、肉体っていうのは 精神によって支配・管理されているの。ダイブによって、精神力が上がれば 肉体もそれに追従しようとして発達する。相乗効果によって、現実世界のあなたの肉体は
環境にてきした形へと変わっていくはず。
まあ、体を鍛えるには 反対の高重力下環境がいいけどね。」
「そうですね。でも、サポートするのがAIだけというのが 不安なんですが。」
「そうでしょうけど、とりあえずダイブシステムが稼動できるようになるまで 彼女に付き合ってあげて。それでも、決心がつかないようだったら
無理強いはしないわ。」
「はい。」
腹が満たされたのと、疑問を抱いていた事が解消されたことにで 少し気持ちが揺らいだ。少しだけなら、付き合ってもいいかと。
「さて、そろそろいいかな? 彼女に会いに行きましょうか!」
後片付けもせず、居間をあとにする。
静かな家の中、二人の足音だけが聞こえる。そして、向かった先は 小さかった頃絶対に入ってはいけないと言われていた部屋。地下室だ。地下へと続く通路の扉を開くと、冷気が肌を刺す。
「システムの冷却で、けっこう温度を下げているから あとで風邪をひかないようにね。」
「そういうことは、先に言ってください!」
うう、けっこう肌寒いな。まるで、冷凍庫だ。玲奈さんは、さも当たり前のように進んでいくけど。
「ああっ、すっげぇーっ!」
目の前に現れた物に、思わず驚いてしまった。
「ふふ、私自慢の逸品よ! これ1台で、人工衛星を1つ打ち上げられるわ。」
「へぇ〜・・・ 」
「さっ、こっちに来て。」
「はい。」
中央に据付けられたモニター。まだ、なにも映っていない。そして、なにが映るんだろう。
「RINA!」
玲奈さんが、そう呼んだ。
「えっ!?」