「蓋が閉まると、自動的にスーツにコードが接続されるわ。それと、マスクもね。この中で溺れちゃ、洒落になんないから。」
 「そりゃ、情けなさそうですよ。」
 「そうね。じゃ、いくわよ。」
 「はい。」
 覚悟は、決めている。まあ、まだ数値を調べるだけみたいだしな。
 これで、本当に俺に資質があるのかないのか はっきりするだろう。
 そんなことを考えていると、蓋が閉まり スーツのプラグにコードが接続されていく。そして、マスクが顔を包んでいく。違和感はない。マスクも、オリハルコンを使っているのか 装着感があまり感じられない。
 「各部、正常に接続されました。生命維持装置も、正常に稼働中。身体チェック、異常ありません。シンクロテストに移行できます。」
 RINA・・・
 「OK。RINA、テスト開始っ!」
 「ゲートオープン。リンク・・・ シンクロ率・・・ 5%・・・・・・ 10%・・・・・・ 」
 「どれくらいのシンクロ率を見せてくれるのかしら、彼方くん?」
 玲奈さんとRINAの声だけが、聞こえる。それ以外は、静かなものだ。
 それにしても、何も感じるものがないというのも 意気込んでいただけに変な感じだ。
 「30%突破。さらに上昇中。」
 「速いわね。」
 どういうことなんだろう?
 「40%・・・・・・ 」
 「ふふふ・・・ 。」
 一般的なシンクロ率ってねどれくらいなのだろうか? そんなことも、聞いてないな。
 「すごいわ、彼方くん。」
 「そうですね。一流のダイバーに、引けを取りません。」
 そうなのか? 本当に、そうなのか?
 「60%を越えました。上昇率に変化はありません。」
 「スーツの性能もあるにしても・・・ すばらしいわ。」
 それでも、不安はあるぜ。未知の世界だしな。
 「RINA、彼方くんの変化は?」
 「ありません。多少、脳波の乱れはありますけど、いたって正常です。」
 「流石に、NASAで4Aの評価を受けたことだけあるわね。精神力が、ずば抜けているみたい。」
 玲奈さん・・・
 「私でさえ、40%を越えるのがやっとだったのに。」
 「80%クリア。ダイブ可能域に到達。さらに上昇中。」
 えっ? ということは、玲奈さんが言っていたことは 本当になったのか?
 俺に、ダイバーとしての資質があるんだ。
 「90%を越えました。」
 「RINA! このまま、ダイブ実験に移行!」
 なにぃっ!
 「脳波に変化! シンクロ率低下!」
 「彼方くん! なにびびってるのよ。覚悟決めてるんでしょっ!」
 そうだった。俺は、夢の為に全てを受け入れる覚悟を決めたんだ。それに、玲奈さんが何かしてくるなんてわかっていたはずだ。
 「脳波、落ち着きました。シンクロ率、再び上昇!」
 サイバーダイブ・・・ どんな世界が、俺を待っているんだろう・・・ 。
 「いい? よく聞いて。不安でしょうど、それは 今まで彼方くんが体験してきたことと 何の変わりもないわ。思い出してちょうだい。初めて空を飛んだことを。初めて自分で何かをしたことを。」
 そうなんだ。そんなことも忘れて、不安になったんだ。
 「シンクロ率・・・ 98・・・ 99・・・ 100%!」
 「RINA、”システムゲート”オープン! ダイブポイントは・・・ 好きにしていいわ。」
 「はい。ゲートオープンします。ダイブポイント、RINAデータベース。」
 「ダイブ!」
 始まる・・・ 新たなる体験。これで、また俺達の夢は、また実現へと近づくのかな 理奈。
 ・・・なんとなく、吸い込まれるような感覚というか・・・ ゆっくりと眠りに落ちていくという感覚というか・・・
 この感覚を覚え込むように、目を閉じた。
 次に目を開けた時、そこは どんな世界が見えるのだろうか?
 「それにしても、すばらしいわ 彼方くん。スーツの性能があるとはいえ まさか100%のシンクロ率がでるとわ。まったくもって、驚きだわ。アメリカが、獲得に乗り出そうとしているのがわかる。これだけの資質を持っていたのだから。
 一般人で20%前後。存在するダイバーでさえ、90%を越える者はいないっていうのに。。。
 持って生まれた資質と、彼の意志の強さ・・・ 。
 理奈・・・ 。」

 俺は、・・・ どうなったんだ?
 あの吸い込まれるような感覚は、なくなった。
 ダイブは、失敗したのか?
 そっと、閉じている瞼を開いた。
 「?」
 何もない暗い空間に、裸の俺が淡白く輝いているだけだった。
 「ここは?」
 「私の空間(なか)です。」
 背後で、RINAの声がした。
 そこには、俺と同じように 裸で淡白く輝くRINAが立っていた。
 「ここは、私の本体の何も書き込まれていないディスクスペースです。何も書き込まれていないので、こういう世界なんです。」
 RINAは、さも当たり前のように言っている。
 「でも、ここから始まるのです。私が生まれた時のように。。。
 それができるのは、私ではなく あなた・・・ 彼方さんです。」
 「俺が?」
 「はい。センセイが言っていました。”まず、夢見ることから始まる。”って。
 私は、プログラムですから 夢を見ることができませんし、理解することができません。いつか・・・ 進化かれば、見るようになるって言われましたけど。」
 なぜ、そんな悲しそうな顔をするんだ?
 「夢なんて、楽しいことばかりじゃない。辛かったり、悲しいことの方が多い。でも、人は夢見てしまう。希望というものを、知っているから。」
 「希望?」
 「いつか、RINAにもわかる日がくるよ。」
 「そうですか。」
 何を求めているんだ?
 RINAは、俺を見つめている。その顔は、子供がすがる思いをしている時に見せる顔に似ている。
 「少しずつ始めよう。」
 「はい。」
 「俺にもRINAにも必要なのは、一歩一歩進んで行くことなんだ。だけど、過去を忘れてはいけない。わかるか?」
 「いいえ。」
 RINAは、俺がなぜそのようなことを言うのだろうかと 考えているのだろう。
 「過去があっての現在であり。そして、未来がある。」
 「過去の積み重ねが、現在ということですね。」
 「そうだよ。 ・・・RINA、そんなに離れてないで 側に来いよ。」
 ゆっくりと、近づいてくるRINA。
 そして、手を伸ばせば届くところまで来た時・・・ RINAの腕をつかんで、抱き寄せた。
 「あっ!?」
 ふんわりと、軽く、柔らかい感触。
 「空間投影機に映される幻なんかじゃなくて、ここでは こうやって触れることができるんだ。触れ合うことも、コミュニケーションの一つだよ。」
 「は・・・ い。わかるよう・・・ な気がします。温かいです。彼方さん。。。」

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