559 イスターヴェを発ってから季節は巡り、君はとある地方都市にやってきていた。ただし君 の側にはもう1人、髪全体を覆う僧衣にも似た衣服で身を包んだ娘が同行している。彼女 の名はスヴァルニーダ。君が海賊団から救い出したあの日、彼女は自分の目的を見つけ るまで旅を続けることを望み、君とともに旅をさせてほしいと願った。そして正義感によって 彼女の身を解放した君がそれを断ることはできなかった。その結果を決して失敗だと感じ たことはなかったが、ルルの存在に君の素性、さらにスヴァルニーダの素性という秘密が 増えたことも事実だった。 『旅というのは道連れがいた方が楽しい。昔一緒に行動していた若い商人がよく口にして いた言葉ですが、やはりそうなのでしょうか』 人目をひくスヴァルニーダの髪と瞳のことを考えているとルルが言った。ルルには君以 外の相手と直接会話することはできず、そもそも人間ではないということもあって孤独とい うものを理解してはいないのかもしれない。 すぐ横を歩いているスヴァルニーダに目を向ければ、数年ぶりに訪れた大きな町という ことで物珍しそうに露天商の売り物を見比べていた。町を歩くだけでも君以上の不自由が あるのは覚悟の上、それでもここに来るまでの経験によって相応に鍛えられ、戦士の風 格を備えつつある君の陰にいるだけで、精神的疲労はずいぶんと減らせているようだ。 君達が露店の立ち並ぶ街中を歩いていると、どこからか君の名を呼ぶ声があった。初 めて訪れた場所で君を知る者がいることなどありえないと思いながら通りを見回すと、一 軒の露店で君に向かって腕を振る男の姿があった。そちらに歩き出しながらよく見れば、 それは海賊船からともに脱出した後、イスターヴェで別れた老人だった。別れの直前に酒 を奢られながら聞いた話では確か故郷の村に帰ると言っていたはずだが、行商でも始め たのだろうか。 「あれ以来じゃなぁ。まさかこんなところでまた会えるとは。元気じゃったか?」 破顔しつつ訊いてくる姿にはもうあの時のみすぼらしさはなく、何種類もの干し魚が入っ た大きな瓶と、軒先に吊るされた果実に囲まれても幸せそうにも見えた。元々は交易船 の船長だったのだから、海に近い場所で暮らしをしているのだろうというのがルルとも一 致した予想だったのだが。 「全く違っているわけでもないぞ。今のところは金の為に山の川魚を獲っておるが、いず れは小さな船を買って河口に下る。そこで稼いでまた海へと戻るつもりじゃ。しばらく山里 におったら、やはりわしには海なんじゃと思えてな」 その溌剌とした表情をながめていると、実は思っていたほどの歳ではない気がしてきた。 このぶんでは海賊船での苦労が彼を年齢以上に老けさせただけなのかもしれない。 「あんたらも、あれからずっと2人で旅をしてきたようじゃな」 言いながら老人は君の傍らに立つスヴァルニーダに話しかけた。 「なぁ娘さん。久々に地べたを歩く暮らしはどうだったね?」 「そうね……やっぱり楽しい。初めて故郷の里を出た時とは違う楽しさだけれど。人の多 いところでは疲れてしまうのも、もう少しの間だけだと思うわ」 穏やかにスヴァルニーダは微笑んだ。 それからしばらくの間、旅の話などをした後に君達と老人は別れた。どうやら不遇の半 生を送った彼も第二の人生を歩み始めたようだが、君自身が落ち着いた暮らしをする日 はくるのだろうか。そんな風に思いながら治療薬を求めに立ち寄った店で、君は聞き覚え のある名前を耳にした。それを口にした店の主人と客との会話を注意して聞いていると、 どうやらアデルという人物が発見した古代遺跡で、これまで存在しなかった効果を持つ薬 品の原料となる素材が発見されたということだった。 これは君の力が役に立ったということだろうか。少なくとも国境を跨いだ国にまで噂が伝 わるほどの成果をあげたとなれば、もう夫婦になっているだろう彼らも喜んでいるに違い ない。君も内心では喜びながらその会話に加わり、さらに詳しい話を聞いた。するとすで に幾つかの貴重な薬品が試験的に一般販売され始めているらしい。それらはもちろんあ まりに高価なうえ、普通の庶民には無用のものが大半だという。だがアデルの目的は婚 約者の家族の病を治す薬の開発にあったはずで、それが叶わなければ実質的な成功と は言えないだろう。そして主人の情報によれば、アデルが言っていたような不治の病に対 する薬も含まれているらしい。 君がアデルからの依頼を請けた時、彼の縁者となる人物の容態はどの程度のものだっ たのか。治療薬の開発が間に合わなかった可能性は当然ありうる。しかしすでに売買が 始まっているのならば、それ以前の段階できっと間に合っているはずだ。目的の種子を 入手することで依頼を成功させたという自負とともに君はそう信じていた。いずれにせよ 君が危険を冒して入手した古代の種子が、文字通り新たな希望の種をもたらしたのは間 違いない。例えそれが公に知れ渡ることがなくとも。 『またあのような依頼はないでしょうか……』 物欲しそうにも聞こえる声音でルルが呟いた。 確かに古代遺跡の探索は危険の大きさに比例して見返りも多く、探索の成功それ自体 が名誉と功績をもたらすものだった。とはいえ遺跡探索と海賊退治を同時におこなうこと など滅多にできるものではない。ルルは伝説の時代に彼女を所有していた英雄達に君を 重ね合わせることで、君にとっての無茶を無茶だとは思わぬところがある。にも関わらず イザとなれば君の能力を過信する様子もないのが不思議だ。 『このくらいの都市ならいい情報があるかもしれませんね。』 なんとなく楽しげなルルの声を聞きながら振り返ると、スヴァルニーダと目が合った。彼 女には旅の間にアデルとの経緯は話しているから、店の主人と話した意味もわかってい るはずだ。 「嬉しい結果がでたみたいね」 笑顔で応じた横をすり抜け、スヴァルニーダは君を賑やかな通りへと誘った。街を照ら す日差しがその瞳を鮮やかにきらめかせている。 「それなら今夜はガルプシーヴルの八彩揚げにしましょ? 私の故郷でお祝いと言ったら これなの」 山奥にある彼女の故郷では獲れない海水魚を使ったその料理は滋養に富むことで知ら れ、祝い事の際にはわざわざ麓にまで買いに来るのだという。君はスヴァルニーダの後を 追って足早に歩き出した。思えばこれまでの旅の間、彼女の背を見ながら歩いた記憶は なかったかもしれない。 『もう私の知っているような呪術師ばかりの世ではないのですね』 ルルに教えられた歴史しか知らない君にはよくわからないが、彼女なりに何か感慨に耽っ ているようでもあった。そのうち君の視界には、山頂部を雪で飾る山々を背に、明るい煉 瓦造りの街並みが広がってくる。その光景を眺めながら、いつかアデルのいる都市を訪ね てみようと君は考えていた。 【TRUE END】 (入手した物品についてアリアルテの店を訪ねるなら560へ) |