532 「そう……それが叶うならそれもいいけれど。でも外の世界で落ち着いた暮らしをしたい なら、私みたいな人間とは関わらない方がいいわ」 独り言のように言いながら、彼女は初めて君の目の前にまで歩いてくると、檻を囲む鉄 棒の間から君を見上げた。 君は一瞬ここが海賊船の最下層であることを忘れかけた。ロウソクの明かりに全身が 初めて照らされる位置に進み出たスヴァルニーダの髪は、汚れているのが嘘のように白 く輝いて白磁器の肌に絡み、ただでさえ際立つ紅い瞳と唇が印象的な容貌も相まって、 人の心とは無縁な冷たき女神との邂逅であるかのように錯覚させた。 しかしそんな君の意識を取り戻させたのは、人の娘であるスヴェルニーダの言葉だった。 「もしかしたら、ここを出てもう一度旅を始めることが私の運命なのかもしれないと思った けれど、どうやら今はその時ではないようね……。危険を冒してここまで来てくれたことに は感謝しますが、どうか海賊達に気づかれる前にこの場を離れてください……」 穏やかな拒否の言葉に君は再び説得を試みようとし、紅い瞳を見てとどまった。おそら くはこれ以上いくら言葉を費やしても、今の君では彼女を説得できはしないだろう。 君はスヴァルニーダに別れを告げ、海賊船から脱出することにした。(499へ) |