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 扉に近付くとその向こうから声が聞こえ、君は足を止めた。扉に耳をあてると、会話内
容は全くわからないが何人かの男達の声と、何か木製の物がぶつかり合うような音が
頻繁に聞こえてくる。扉に隙間を開けて覗いてみればそこには酒場のような光景が広
がっており、間近に見えるカウンターでは海賊の男達が荒れた様子で酒を呑んでいた。
会話内容は主にこの海域での仕事についてだが、そこには君という正体のわからない
探索者への殺意に満ちた罵声が満ちていた。たった1人の相手に仕事の邪魔をされた
だけでなく、多くの仲間をも殺されたとなれば、個人的な恨みだけでなく海賊団としての
いわゆる面子に関わる大問題であることは推測できる。
『仕方のないことですが、相当恨まれてしまいましたね。……あるいはこのまま海賊団
を解散に追い込めないものでしょうか』
 ルルにしては珍しく相当積極的な物言いに、君はつい訊き返した。
『イスターヴェなどの漁業で成り立っている町の住民のことを考えれば、決して間違いで
はないと考えます。あなたにとっては後顧の憂いを絶つという意味でも、もちろん名声を
得るという意味でも』
 そういえば以前にもルルに言われたことがある。名声を高めていくのが記憶を取り戻
す近道だと。
『この規模の海賊を1人で壊滅させ、囚われの娘を救い出した剣士の噂なら、国中に広
がるのにそれほど時間は必要ないはずです』
 それは君の記憶に残る最初の戦いの噂が、事を為した本人の移動する以上の速度で
人々に知れ渡る様を目にしてきた君には実感として理解できるものだった。
 ルルにとっては君の名が知れ渡ることにさほどの意味はないように思えるが、あるい
は君と同じ場所で目覚めた彼女自身にもまた失われた記憶があるのだろうか。
 いずれにしろ、娘の居所もわかっていない状態で不用意に戦闘をおこなうわけにはい
くまい。ひとまず今は室内の様子だけを観察しておくことにする。
 この酒場に似せたような造りの広い部屋はおそらく食堂も兼ねていると思われ、外観
から推測するに海賊船の第一層においてはかなり大きな割合を占めているはずだ。視
界にある限りではこの扉を含めて少なくとも3つ以上の扉と、上層に移動するための階
段が据え付けられている。これ以上の情報はもう得られないと判断した君は、この場を
離れることにした。(468へ