440 【 時間点+4 】 今の時間、岸壁の裂け目にできた入り江の中は完全な闇に近い。海賊が簡易的な船着 場として用いるために設けていた明かりがなくなれば、星の輝きがわずかに入り江の輪 郭を黒く浮かび上がらせる程度になってしまう。君はこの闇を利用するため、海賊達に気 づかれぬよう洞穴の出口に取り付けられていたランタンを静かに取り外すと、小船が繋が れた岸辺にあるランタン目掛けて投げつけた。狙い違わずランタン同士が激しくぶつかり、 光と影とがあたり一帯に入り乱れる。だがそれも束の間、2つのランタンが海に落下する と限りなく深い闇がその場にいる全員を襲った。慌てふためく海賊達を横目に、君は小船 のもとまで駆け抜け、すでに船へと乗り込んでいた海賊の1人を海に突き落とす。そして ルルの指示に従った一閃で船を繋いでいたロープを切り落とすや岩壁を突き、その反動 で船を離岸させた。海賊達が落ち着く頃、君の漕ぐ小船はもう手の届かない場所にまで 進むことができた。 入り江を出た君の目に映る外海は、まるで奈落から這い出た闇そのものがうねりなが ら地平を覆っているようで、イスターヴェでの仕事を通じて夜の海には慣れてきてはいた ものの、やはり一歩踏み出せば底の見えない海面という小船に1人でいるという状況は そう簡単に慣れるものではない。ましてやこの世界には漁師を海へと引きずり込むような 怪物や魔物の類が普通に存在するのだから。 『万が一海に落下しても、私を身に付けてさえいてくれれば命を失うことはありません。で すからご安心を』 君の心中を察したかのようなルルの気遣いに頷きながら沖の方に視線をはしらせると、 思ったよりも近い海上に黒い大型の船影が見えた。それが海賊船だろうと判断した君は 舳先をそちらに向ける。このまま進んでも明かりを点さなければ君だと認識されることは ないかもしれないが、念のために海賊達と同じような扮装を施しておくことにした。 やがてたんなる船影だったものが傷跡だらけの歴戦の雄姿であるとわかるような距離 にまで接近したが、海賊船の状況に変化は無く、勤勉な見張りがいる様子もなかった。 君は船尾に小船を寄せると、そこに取り付けられた梯子を使って甲板に上がり、忍び足 で船室への入り口を見つけると中に入った。海賊達の寝ている間にあの娘を救い出せれ ばいいのだが。(424へ) |