395 町に戻った君は、感謝とともにとにかく数十年ぶりの町と自由を謳歌したいと涙ながら に告げる老人と別行動をとることにした。無一文で孤独な老人を1人にしてしまうことに は気が引けたが、故郷に帰るための路銀はどうするのかと訊ねれば、海賊船で頂戴し てきた装飾品を換金してなんとかなるだろうと笑う、その満面の笑顔を見てきっと辿り着 けるだろうという気がした。それくらいの金では数十年に及ぶ人生に値するはずもないが、 海の男の図太さを君は十分に理解していた。 旅立つ前にもう一度会って酒を奢らせてほしいと言う老人と別れた後、イスターヴェに 逗留中の定宿にひとまずスヴァルニーダを連れて行き、身体の汚れを落とすための湯 浴みと温かい食事、そして一泊分の休息をとってもらうことにした(銀貨1枚を支払うこと。 もし持っていなければスヴァルニーダはわずかな所持品の一部を換金して支払う)それ が済むと改めて目的を果たしたという成果に対する達成感と安堵感を胸に、依頼主であ るアデルのもとに向かった。 君を出迎えたのは青年とその婚約者の娘の2人。彼らは君の無事を喜ぶとともに、そ れが彼らの欲していた薬を生み出すものであるかは定かではないものの、目的の種子 が入手できた事に感激した様子で君を夕食に招き、結婚を控え倹約を旨としていた恋人 同士としては明らかに豪勢と言える料理を振舞い、口々に感謝の言葉を告げるのだった。 君が研究結果の出る時期を訊ねると、それは花を咲かせてみるまでわからないという 話で、アデルは念のため全ての生育段階におけるサンプルを取り、最も効能の高いもの を調薬したいのだと告げた。 『どんな植物なのかもわかりませんから、育成には充分な注意を払うようにと、彼に』 ルルからの注意を代弁すると、仮にも古代遺跡で発見された素材が入手できたという 成果により、国の公な研究施設を用いることができるだろうということだった。そのため にも翌朝にはイスターヴェを発ち、国の首都へ向かうつもりだという。そこで希少な種子 の存在をもって古代遺跡の発見を証明し、国の調査が始まった後に発見者へ送られる 褒賞金がそのまま君への謝礼になる約束だ。 しかし今、君はその謝礼を貰うべきではないような気がしていた。おそらく君が遺跡内で 得た幾つかの物品はそれなりの金額で売ることができるはずだ。これはルルの予想だが、 もしかするとその金額は褒賞の額を優に上回るかもしれない。偶然であろうと研究の成果 だろうと、幸運にも古代遺跡を発見したというだけのことが、稀少且つ実用性のある古代 遺物の価値を越えることはないだろうと思える。 『これから最もお金が必要なのは彼らだと思いますよ?』 ルルにとって人間の結婚というものがどのように思われているのかはわからない。そ れでも結婚に伴う出費が日常生活とはかけ離れたものだということはわかるのだろう。 君は褒賞金をアデル達のために活かしてもらうことにした。首都から国の調査団ととも にイスターヴェへと戻り、褒賞を受け取ったところで君に連絡をするとアデルは言ったが、 その時、君はもうイスターヴェにいないだろう。それを告げる代わりに、もし記憶を蘇らせ るような薬ができれば何を置いても駆けつけると君が冗談を口にすれば、アデルも頑張っ てみると返した。 アデルの恋人の作った素朴だが美味しい食事を終えた君は、ほろ酔いの満足した気 分で宿屋までの道を帰った。宿でスヴァルニーダの様子を訊いてみると、彼女は湯浴み だけをした後、食事はとらずに寝てしまったようだと教えられた。部屋の様子を見てみれ ば扉には鍵がかけられて明かりも消され、起きている様子はなかった。それに安心した 君もいつもの部屋に戻り、ゆっくり休むことにする。(537へ) |